第三十八話 蘇芳②

 昼休み、学校ではるちゃんたちといたら、あきらみおさんと姿を消した。

 あたしがたぶん怖い顔をしてかたまってしまったので、はるちゃんが「追いかけよ?」と言った。

「でも、あたし、もう日本からいなくなるし……」

「何を言っているの! 遠距離恋愛よ! 大丈夫、彬くん、蘇芳ちゃんのこと大好きだから!」


 あたしははるちゃんに手をひっぱられて、彬と澪さんの後を追いかけた。

「はるちゃん」

「何?」

「はるちゃん、キスしたことある?」

「キス!」と、はるちゃんは歩みを止めて「彬くんとしたのね?」と言った。

「うん……でも、そのあと、してくれないの」

「蘇芳ちゃん!」

「うん」

「女は度胸よ!」

「度胸?」

「そう! ――蘇芳ちゃんからしちゃえばいいのよ!」とはるちゃんは笑った。

「それより、行こう? きっとベンチのところだよ」



 あたしは無事、彬と二人きりになった。

 彬、澪さんとまたつきあうとかじゃないって分かった。よかった。でも。

「あたし、もういなくなるし……それに」

「それに?」

 はるちゃんが「女は度胸よ!」と言ったことを思い出す。


 あたしは彬の顔をじっと見て、彬の顔に手をやり首を伸ばして、自分の唇を彬の唇に重ねた。彬の唇、久しぶり。

「最近、キスしてくれないし」

 あ、だめだ。やっぱり涙が出てしまう。


 泣くつもりはなかったのに。樹里じゅりは優しいこと言って励ましてくれたし、はるちゃんだって。

 でも、こんなふうにずっといっしょにいられるのは今だけなんだ、と思ったら、涙が止まらなかった。

 彬はあたしの涙を拭いて、涙にキスをして、それから唇にもキスをくれた。

 彬。彬。

 もっと、もっとキスをして。

 優しいキスを何度かしたあと、長い口づけをした。

 ――彬のことしか、考えられない。


「彬、大好き。大好きだから」

「うん、俺も好きだ」

 彬の顔を見ていたら、ふいに樹里のことを思い出し、樹里の台詞も思い起こした。


 ――彬が五色ごしきの地に行けばいいんだから。


「あのね、続きはね。いまの続きはね――五色ごしきの地でね」

「え?」

「今度は……」


 最後までしよう、ね? と彬の耳元で甘く囁いた。

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