第十七節 樹里の話と満月の夜【蘇芳】

第三十七話 蘇芳①

 あと二週間、と聞いて、あたしは思ったよりも時間があるな、と思った。よかった。まだ二週間ある。


「あたし、二週間、ふつうに過ごしたい」

「うん」

あきらとは」

「俺とは?」

「出来るだけ、いっしょにいたいな」

 そう、想い出をつくるんだ。最後だから。



 と思っていたのだけれど。

 樹里じゅりとお料理をしていたときのことだ。

 樹里は突然言った。

「ねえ。五色ごしきの地の、樹里、元気だった?」

「え?」

「みんなね、わたしの体調ばかり心配して、なぜか訊かないんだけどね、わたしね、全部忘れたわけじゃないのよ」

「え!」

 ふふと、樹里は笑って、「覚えているはずがないっていう思い込みって怖いわね。それにね、ときどき、ふっと視えるのよ、あっちが」と言った。


 あたしが茫然としていると、「ないしょね? なんかみんな心配性だから!」と樹里は言う。続けて「あ、でもね、前みたいに夢で呼ばれる感じではないのよ。精気が吸い取られているわけでもなく、たんに細い糸で繋がっているだけかな」と言って、子どもっぽく笑った。

「でね。なんとなくね、こっちとあっち、繫がったんじゃないかと思うんだ。……蘇芳ちゃんが来たことで」


 あたしは朱火の土地と緑青の土地との境の川の上に浮かんでいた満月を思い浮かべていた。

「そうそう、その満月」

 と樹里が言ったので、あたしはぎょっとして「視えるの?」と言った。

「あ、それもないしょ。ときどき、イメージがね、視えたりするの。……蘇芳ちゃんも視えるようになったでしょう?」

 あたしはこっくりと頷く。

 樹里は「これも土地守りの力なのね。蘇芳ちゃん、きっと覚醒したでしょう?」と言った。

 あたしはまた、こっくりと頷いた。


「でね。だから、よく感じてみて。……繋がっている感じ、しない?」

 樹里に言われて、あたしは気を飛ばしてみた。――ほんとうだ。繋がっている感じ、する。

「ね?」と樹里はにっこり笑って、「だから、泣いたりしなくて大丈夫よ? 今度はね、彬が五色の地に行けばいいんだから」と言った。事もなげに。

「満月と満月が合わさる夜に開くのよ。向こうに――五色の地に行けるのは土地守りだけじゃないはず。彬だって、行けるわ」


「……でも、いいの?」

「何が?」

「だって、彬がいなくなったら」

「いなくならないわよ」

「え、でも」

「それこそ、海外に行くような感じじゃない? 夏休みだけ、とか行けばいいと思うのよね」

「あは」

 樹里があんまり軽く言うので、そんな夢みたいなことが出来そうな気がしてしまって、涙が出てしまった。


「蘇芳ちゃん」

「……いつから、知ってたの? あたしと彬のこと」

「それは、最初から。彬が、蘇芳ちゃんのことを特別だと思っていたことは、すぐに分かったわよ」

「樹里」

「だって、わたし、お母さんだもの! だから、蘇芳ちゃんが彬のこと、好きになったこともすぐに分かったわよ」

「樹里……!」


 あたしは樹里にしがみついて、わんわん泣いた。

 よかった、今日は彬がリビングにいない日で。彬は塾に行っていた。


「わたしはね、蘇芳ちゃんのお母さんでもあるんだからね」

「うん」

「それでね、女の子の味方なのよ」

「うん」


 樹里。樹里のことも、大好き。

 ここにいられて、とてもよかった。

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