第三十五話 彬②

 それから、毎日は穏やかに過ぎた。


 うちでは、蘇芳すおうは母さんと料理をしていることが多かった。俺はそんな様子を眺めていた。それはとても平和で幸せな感じのする光景だった。ときどき蘇芳と目があって、ちょっと笑い合った。

 学校では、蘇芳は友だちといることが多くなった。あと少しでいなくなることが分かったせいか、一気に友だちが増えたように見えた。……すごく切なかった。


あきら、ちょっといい?」

 顔を上げるとみおだった。今日は林さんはいっしょではなくて、澪しかいない。「うん、いいよ」と蘇芳を横目で見ながら言う。蘇芳は川上たちと何か楽しそうにおしゃべりしていた。


 以前、澪といっしょにお昼ごはんを食べていたベンチに並んで座る。

 澪とのことは、ほんとうにずっと昔のことみたいだ。

「彬、ごめんね」

「え?」

 何かなじられると思っていたから、思わぬ謝罪の言葉に驚く。

「……わたし、彬にひどいこと、、言っちゃった」

「……そんなこと、ないよ」

 むしろ、俺の方がひどかったと、今ではそう思える。

「わたし、彬の笑顔の仮面を結局剥がすことが出来なかった」

「あー、それは、ごめん」

 克己かつみが言ってたあれだよな。


 澪はちょっと笑って「わたしなら出来るかなって思ったんだけど、出来なかったよ」と言った。そして「蘇芳さんは出来たんだね」と。

 蘇芳。

「ほら、その顔。……そんな顔、見たことなかったよ。あーあ、もう」

「……蘇芳は親戚の子で」

「うん、でも、好きでしょう? すぐに分かるよ」

「……そんなに?」

「うん。ばればれ。みんな、知ってる」

「……恥ずかしいんだけど」

「でも、好きになれたんだもん、いいじゃない! わたしも、彬くん好きになったこと、後悔していないよ?」

 と、澪は、つきあっていたころには見せたことのない笑顔を見せた。

「……ありがとう」


 澪はふふっと笑って「蘇芳さんと、仲良くね! ほら、あそこにいるよ。わたしはもう行くね」と言って、手を振って去って行った。

 澪が指さした方を見ると、蘇芳が川上といっしょにいて、泣きそうな顔をしていた。

「蘇芳」

「彬……」

 川上は「じゃ、ごゆっくり! 次の授業は自習だからさぼっても平気だよ。見つからないようにね!」と言って去って行った。

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