第三十二話 蘇芳②

 あきらと手を繋いで歩く。

 手から、彬の体温と彬の気持ちが伝わってきた。

 歩き始めから泣きそうだった。


蘇芳すおうさ、火をつけるだけじゃなくて、消せるんだね」

「うん、あ、でもね、コントロールが苦手で」

 でもきっと、分かった。どうすればいいのか。力の使い方が。

「怒りに任せて出した炎を消すのって難しいの」

 でも、きっと今では出来る。


 彬と初めて帰った、あの日。いじめられている子をたすけようとしたあの日。

 なんだろう?

 つい最近のことなのに、すごく昔に感じる。

 今日のバレーボール大会も。


 彬も同じように思っていることが分かった。遠い昔みたいって。あたしもそう思う。遠い昔みたい。だけど、あたしは彬が思うよりもさらに深い意味で、そう思う。あたしは、あたしの異能の力を認識してしまった。認識する前とした後とでは、ぜんぜん違う人間みたいに、自分のことを感じていた。


「蘇芳」

 名前を呼ばれて、彬の切ない思いもいっしょに胸の中に入ってきた。

「うん」

「……どこにも行かないよな?」

 行かないでって、彬が願っていることが、苦しいほどに分かる。だから、何も言えなくて黙ってしまう。だって、嘘は言いたくないから。

「俺のそばに、いろよ」

 あたし、そばにいたいよ。彬といっしょにいたいよ。


 彬が繋いだ手に力を込めたので、あたしも力を込める。

 何も言えない代わりに、手に力を込める。

 彬があたしをじっと見る。

 彬、大好きだよ?

 彬の切なくて哀しい気持ちが、あたしのこころに入ってきた。彬。彬の気持ちがあたしのこころいっぱいに広がっていくよ。


「彬」

 彬が泣きそうになっているのが分かる。

 そして、涙も不安な気持ちも隠そうしていていることも。

 彬に手を引かれて、また歩き出す。黙ったまま。あたしも彬も、口を開いたら、泣いてしまいそうで。


 公園のベンチに並んで座る。

 そして、彬の顔が近づいて、彬の唇があたしの唇に触れた。あたたかくて、やわらかい。優しい口づけ。

 涙を流す代わりに、あたしと彬は唇を重ねる。

「蘇芳――好きだよ」

 うん、あたしも好き。彬はもう一度「好きだよ」と言う。

「あたしも好き」大好き。


 ごめんね。彬が言って欲しい言葉を言えなくて。

 あたしは自分から、彬の唇に自分の唇を重ねた。


「彬。大好きだよ。――忘れないで」

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