第十三節 離れたくない【彬】

第二十九話 彬①

 結局、本家の車で川上の家の近くまで送ってもらった。電車の方が早いかも、と思ったけれど、地理的に車の方がいいとのことだった。

 現場近くまで行くと、炎が見えた。

 サイレンの音が辺りに響き、消防車が何台も来ていた。救急車もあった。火事を見ている人たちもいて、辺りは騒然としていた。火事は延焼し、二三軒の家を焼き、さらに隣接した公園の樹々を焼き、激しく燃えていた。


 炎が空を赤く染める。


 蘇芳すおうは目を大きく見開いて、その光景を見た。

 そして、紅い髪がふわりと広がったかと思うと、手を顔の前で組んで祈るようなポーズをとった。

 すると。

 みるみる炎が消えて行った。


 空まで焼く勢いで燃え盛っていた火が――消える。そう、すっと姿を消すのだ。まるで炎など存在しなかったかのように。

 あまりに短い時間の出来事だった。いったいいつ鎮火出来るか分からないと思われてのに、既に炎は跡形もなかった。

 消防隊員も周りの人も不思議そうにしている。

 空を赤く照らしていた炎が消えて、辺りは暗闇に包まれていった。後には、焼けた家々や樹々の残骸と、そして喧噪だけが残る。

 人々の騒めき。歓声。サイレン。人々が行き交う音。そこには、安堵の響きが広がっていた。


 ――蘇芳と目が合う。

 蘇芳は、微かに笑って言った。

「はるちゃんち、大丈夫かな?」

「川上の家自体が燃えていたわけじゃないから、大丈夫だと思うけど。母さんに聞いてみる? 近所に住んでいるひとがいるみたいだよ」

「うん」



 川上の家の無事と死者がいなかったことを確認し、俺たちは車での帰宅を断って、歩いて駅まで行き、電車に乗って帰ることにした。

 なんとなく二人で歩きたい気分だったんだ。

 手を繋いで歩く。


「蘇芳さ、火をつけるだけじゃなくて、消せるんだね」

「うん、あ、でもね、コントロールが苦手で。いつかのときみたいに、怒りに任せて出した炎を消すのって難しいの」

 蘇芳と最初に学校から帰った日、蘇芳が出した炎を消したことを思い出す。

 遠い昔のことみたいだ。

 バレーボール大会ですら。

 今日のことなのに。


「蘇芳」

「うん」

「……どこにも行かないよな?」

「……」

「俺の……俺のそばに、いろよ」

 俺は繋いだ手を強く握った。蘇芳も強く握り返してくる。

 蘇芳。

 黙ってないで、何か言って。


 立ち止まって、蘇芳の顔をじっと見る。

 蘇芳は困ったような顔をして、俺の顔を見ていた。

 夕闇が俺たちを包み込む。

 切ないような哀しいような気持ちが押し寄せてきて、俺は蘇芳の手を引いて、黙ったまま歩きだした。そのまま蘇芳の顔を見ていたら、涙が出てしまいそうだった。

「彬」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る