第二十八話 蘇芳②

 近くにいるはずのあきらの声が遠くから聞こえるように感じた。


「……そんな、世界の存続に関わるようなことを、一人の人間に課すなんて」

 ありがとう、彬。……でも。

「それが五色ごしきの地のことわりなんだ。……この世界と連動していることは、やはり事実だろうと思われる」

 うん、分かってる。分かったよ、ちゃんと――

 力が弱くても。それでも、あたしは朱火しゅかの土地守りなんだ。


「だから、蘇芳すおう殿。あなたはなんとしてでも還らねばなりません」


 青栁あおやぎの当主にそう言われた。――まっすぐに。

 あたしもまっすぐに彼女を見る。

 分かってる――だけど。

 彬。

 あたしは、彬を見て、泣きそうな気持で笑った。


 柊護しゅうごがずっと緑青ろくしょうの土地守りの樹里じゅりを待っていた気持ちが、よくやく分かった。緑青の土地守りの樹里は、柊護のこころの支えだったのだ。樹里への想いが柊護を土地守りとして立たせていたのだ。ずっと。


 あたしは?

 あたしだって、誰かの支えが欲しい。

 だけど。

 その、誰かは。


 あたしは涙が出るのを必死に堪えていた。

 また地面が揺れたとき、樹里から彬に電話がかかってきた。

 どこかで火事が起きたみたい。


「それで、誰なの? そのクラスメイトって――川上?」

 川上――はるちゃん!

「はるちゃんちが火事なの?」

 心臓がばくばくした。

「川上んちの近所が火事らしい」

「あたし、行く!」


 あたしなら、すぐに火を消すことが出来る。

 あたしは、本家の人たちも彬すら放って、駆け出した――早く、行かなきゃ!

 飛んで行こう、と思ってふわりと浮いたところを、彬に戻される。


「飛ぶのはまずい。川上んち、知ってんのか?」

「……知らない」

 不安で。不安で不安でどうしようもない。

「彬、どうしよう」

「蘇芳のせいじゃないよ」

「あたしのせいだよ」


 涙が溢れてきた。あとからあとから。重くて苦しい思いに押しつぶされそう。

 彬に抱きしめられる。


「あたし、土地守りの使命とか、全然分かってなかった」

 使命とかそういうことより、あたしはただ、孤独を埋めたかった。

 力がない土地守りでいることも苦しくて。


「あたし、さみしかったの」

 でも、彬のうちにいて、彬と学校に行くうちにさみしくなくなったんだよ。


「お母さんはあたしを産んで死んじゃったの。お父さんはそのあとすぐ病で死んじゃったんだって。……あたしがいなかったら、お父さんとお母さんはもっと長く生きたのかな?」

「――そんなことあるはずないよ。そんなこと、考えるなよ」

 彬に強く抱きしめられて――涙はさらに止まらなくなる。


「彬のうちにいって、初めて安心出来たの。ずっとここにいたいなって――思ってしまって。……ばちがあたったんだ」

 彬はあたしの涙を拭いた。それから目の辺りにキスをされた。優しい唇。


「俺も蘇芳がずっとここにいたらいいなって思っていたんだ」

「彬」彬、彬。

「どこにも行くなよ」

 嬉しい。だけど、それはきっと……無理なんだと思う。

「彬」


 でも、そう思ってくれるの、嬉しい。

 彬の腕の強さと、彬のぬくもりと匂いと。心臓の音もする。近くにいると、心臓の音も聞こえるんだね。

 彬の心臓の音を聞いていたら、少しずつ落ちついてきた。

 そして、あたしは彬の腕の中で、――決意をする。

「彬、火を消しに行かなくちゃ!」


 あたしはうまく笑えただろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る