第二十六話 彬②

「火事?」


 スマホの振動は母さんからの電話を知らせるものだった。


「地震大丈夫?」に「大丈夫だよ」と答えると、「彬のクラスメイトのご近所が、火事になったみたい」と母さんは言った。地震があったとき、揚げ物をしていた家があって、どうもそこから失火したらしいというママ友情報を教えてくれた。


「それで、誰なの? そのクラスメイトって」

「えーとね、川上さん」

「川上?」

 川上って、川上波留はる? と思うのと、蘇芳が「はるちゃん!」と言うのと同時だった。

「はるちゃんちが火事なの?」

「川上んちの近所が火事らしい」

「あたし、行く!」

「蘇芳!」


 飛び出す蘇芳の後を追う。「すみません、あとで連絡します!」とまきさんとまゆみさんに告げて。


 本家の屋敷を出て、ふわりと浮きかけた蘇芳を手をひっぱって地に戻す。

「蘇芳、飛ぶのはまずい、目立つ! それに、川上んち、知ってんのか?」

「……知らない」

 泣きそうになりながら、蘇芳は言う。

あきら。彬、どうしよう」

「蘇芳のせいじゃないよ」

「あたしのせいだよ。あたしがちゃんとしていなかったから。あたしの力が弱いから。あたしがこっちに来て、還らないから。還る力もないから」

 泣き出す蘇芳を、俺は抱きしめた。


「蘇芳」

「あたし。土地守りの使命とか、全然分かってなかった。あたしじゃなくてもいいのに、って、ずっと思った。だって、力が弱かったの、あたし」

「……うん」

「ずっとイライラしていて。さみしくて。……あたし、さみしかったの、彬」

「うん」

「だって、みんなあたしをたいせつにしてくれるけど、それはあたしが土地守りだからなの。だけど、あたしの力は弱くて。……ずっと、お父さんやお母さんがいたら、どんなふうに言葉をくれるのかと、思ってた」


「……お父さんやお母さんは?」

「お母さんはあたしを産んで死んじゃったの。お父さんはそのあとすぐ病で死んじゃったんだって。……あたしがいなかったら、お父さんとお母さんはもっと長く生きたのかな? って思ったりするんだ」

「――そんなことあるはずないよ。そんなこと、考えるなよ」

 俺は蘇芳を抱く腕に力を込めた。


「あたしね、でもね、彬のうちに行って、初めて安心出来たの。初めてほっとしたんだ。あたし、もうずっとここにいたいなって――思ってしまっていたの。……ばちがあたったんだ」

 俺は蘇芳の涙を手で拭い、それから涙の跡にキスをした。

「蘇芳。俺も蘇芳がずっとここにいたらいいなって思っていたんだ」

「彬」

「――蘇芳、そばにいて。ずっと」

「彬」

「どこにも行くなよ」

「彬……」


 俺は蘇芳と影を一つにして、そのまま抱き合って、お互いの体温と心音を感じていた。

 しばらくそうしていたのち、蘇芳は「火を消しに行かなきゃ!」と言って、笑った。

 髪が夕陽をつくる太陽の光線にあたって、紅く金色に輝いた。

 美しい蘇芳。

「うん、行こう」と蘇芳の手を取りながら、願うのを止められなかった。


 行かないで欲しい。

 ここにいて欲しい。

 ずっと。


 そんな気持ちを嗤うように、また地面が小さく揺れた。

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