第十一節 五色の地と、繫がっているこの世界【彬】

第二十五話 彬①

 この世界と対をなす五色ごしきの地。

 青栁あおやぎの先祖のように、ときおりこちらの世界に渡ってくるものがある。或いは、今回の蘇芳すおうのように。そしてまた逆に、向こうに行ってしまうものもある。柊護しゅうごという名の黒玄こくげんの土地守りのように。


 柊護が五色の地に行ってしまったとき、青栁は二度とこのようなことはないようにしようと、かたく決意したらしい。子を失った母親の哀しみはとても深かったのだ。そして、一族の力を駆使して、特別な異能の力を持って生まれるものを検知し保護することにした。そうして、母さんは見つけられたのだ。母さんが五色ごしきの地に行ってしまわなくて、俺たちは安堵したのだが、五色の地に土地守りがいないということは、土地を荒らすことに直結するらしい、というのがまきさんとまゆみさんの見解だった。


 そして、荒れるのは五色ごしきの地だけではない。

 対になっている、この日本の世界も荒れるのだ。


「連動しているんだよ。どうやら」

 とまゆみさんは深い溜め息をついた。

五色ごしきの地がこれだけ荒れているということは、こちら側も何か大きな災害が起こる危険性が高い。現に、最近地震が多い」

 まきさんは水鏡に手をかざし、五色ごしきの地のいろいろな場面を見せながら、重々しく言った。

 

 そして続けて言った。

「思えば、ここ何年か異常気象で自然災害が多かったのも、緑青ろくしょうの土地守りが五色の地にいなかったからかもしれない。肉体はあり、こちらから精気が吸い取られていたとはいえ」 


 俺たちは単純に母さんが連れて行かれなかったことを喜んでいたけれど、それはとても小さな視点だったのかもしれない。でも、大切な人間を失うことを、どうやって認められるというのだろう。


「……そんな、世界の存続に関わるようなことを、一人の人間に課すなんて」と、俺が言うと、まきさんは事もなげに「それが五色ごしきの地のことわりなんだ。それに、一人じゃなくて五人だ。……そして、残念なことに、五色ごしきの地とこの世界とが連動しているということは、やはり事実だろうと思われる」と言った。


 そして、まきさんは長く伸ばした黒髪を揺らし、蘇芳をまっすに見た。

「だから、蘇芳殿。あなたはなんとしてでも還らねばなりません。五色ごしきの地に」

 蘇芳も、あの強い光を湛えた瞳で、まきさんをまっすぐに見た。

 口元は真一文字に結ばれていた。


 蘇芳。

 近ごろの俺は、蘇芳が朱火しゅかの土地守りであることが、頭からすっかり抜け落ちていたことに気がついた。

 蘇芳。

 俺は蘇芳をじっと見た。

 蘇芳は槇さんから視線を逸らし、俺の方を見て哀しく笑った。

 蘇芳。

 俺は苦しくなって、何も言葉を発することが出来なかった。

 そのとき、またぐらりと揺れた。今度は大きかった。


 ――スマホが振動した。

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