第二十四話 蘇芳③

 学校の帰りに本家に寄ることになった。

 行きたくなかったけれど、あきらといっしょならいいかなと思い直す。

 彬と並んで電車の座席に座っておしゃべりをする。

 本家に行くのは嫌だけど、彬とこうやってどこかに行くのは楽しい。

 彬がバレー部を辞めた理由を教えてくれた。あたしだから、話してくれたのかな、と思うと、なんだか嬉しかった。こういうのも、気持ちがあったかくなる。


 電車の窓から、次第に陽が沈んでいく街並みが見えた。

 建物が橙色に染まっていく。空の色も優しく紫色になっていく。

 ふいになんだかすごく幸せな気持ちになった。


 彬の横顔を見る。――彬、ありがとう。

「今日は頑張ったから、なんか疲れた」と言って、あたしは――彬に倚りかかった。なんとなく、そうしたくて。彬は「うん、頑張ったね」と言ってくれた。

 夜ごはんの話をしながら、そのまま二人で寄り添ったままでいた――手を繋ぐ。

 彬の手、あったかい。安心する。

 あたしは目を閉じた。

 優しい音をたてて、電車があたしたちを運んで行く。

 彬の体温と手のひらの感触が、あたしをさらに幸せな気分にさせた。


 

 でも、幸せの気分は長くは続かなかった。

 本家の水鏡を見て、あたしは背筋が凍った。

 倒壊した家々。割れた地面。倒れた樹々――五色の地だ。そして、ここはよく知っている、あたしの領地。


 夢の記憶が再び蘇る。

「戻って来ないと、火が暴れ出す」

 火が暴れ出す――って、こういうことなんだ、やっぱり。

朱火しゅかの土地守りよ。戻って来い――」


 ――あたしは自分が何者であるか、突然自覚した。


 御側人頭おそばにんがしらあかねが言っていた。

 土地守りは特別な存在なんですよ、蘇芳すおうさま以外の朱火しゅかの土地守りはあり得ません――

 蘇芳さま以外の朱火の土地守りはあり得ません――


 樹里じゅりの顔を思い出す。

 優しい樹里。まさきみなと。はるちゃんたち。

 そして、彬。

 あたし、どうしよう。ずっと、ここにいたかった。

 でも。


「蘇芳?」

 隣にいるはずの彬の声が遠い。

 ――地面がまた、ぐらりと揺れ、「戻って来い」という声が響いたような気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る