第八節 さみしくなくなるんだね【蘇芳】

第十七話 蘇芳①

 樹里じゅりが髪を結わえてくれて、なんかかわいくなった気がする。うねうねのこの髪、好きじゃなかったけれど、「きれいね」って樹里が言ってくれて、嬉しかった。

「いってらっしゃい」って見送られて、家を出る。

 なんか初めてだ、こういうのも。


 あきらと並んで歩く。

 何もかもがおもしろい。

 地面も土じゃないし、人も多いし、車とやらもたくさん走っている。いったい食べ物はどこで育てているんだろう? 田畑がない。森も山もない。かくかくの建物ととにかく急いでいる人間ばかり。みんなあんなに急いでどこに行くんだろう?


 彬が四角いものを出して何かしているので、それ何? と聞いたら、「スマホ。通信手段かな」と言う。声のやりとりや文字のやりとりが出来るらしい。へえ。異能の力がなくても、みんなが便利に使えていいねって思う。そう言えば、青栁あおやぎの本家でも見た気がするし、昨日の夜、樹里じゅりが「食事中は使わないで」と言っていたやつだ。


 彬は溜め息をついてスマホをポケットにしまった。

 どうしたのかな? と思ったけど、黙っておく。

 そうこうするうちに電車に乗る。

 何、これ! おもしろーい! 動いたー! こんなに大きい鉄の塊なのに!

「ねえ、これどうやって動かしているの? 何人かで力使っているの?」

「異能の力じゃないよ。電気で走っているんだよ」

「電気?」

「うーん、雷の力を集めたもの?」

「へえ」

 がたん、と揺れて、思わず彬の袖を掴む。


 彬は、あたしが立ちやすい場所に移動させてくれる。

 最初は柊護しゅうごに似ているけど、なんか違って、こいつ嫌い、と思っていたけれど、いっしょに過ごすうちに分かった。彬も優しい。お母さんが樹里で、お父さんがまさきだからかな。……いいな、彬もみなとも。お父さんもお母さんもあったかくて。……生きていて。

 あたしのお父さんとお母さん、生きていたら、やっぱり優しかったかな。



 学校の最寄り駅に着いたら、髪の長い女の子が彬の方を見て、怒った顔をしていた。そして、あたしを見ると泣きそうな顔になって、走って行ってしまった。

みお!」

 彬は彼女を追いかけようとする。

「ちょっと。あたし、いっしょに行ってくれないと困るんだけど」

 こんなところに一人で残されてもどうしようもないじゃない。

 彬は溜め息をついて(溜め息ばかりついている)、「おとなしくしていろよ」とか言う。

 うざい。

 さっき、彬、優しい、と思ったの、撤回。

 ああ、うざい。

 何よ、偉そうに。ふんだ。

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