第六節 お母さんって、こんな感じなのかな?【蘇芳】

第十二話 蘇芳①

 あたしはどうやら、五色ごしきの地と対になった世界に来てしまったようだった。

 しかもどうやらここは、かつての緑青ろくしょうの土地守りを祖とする家らしい。

 あたしは丁重に扱われた。

 土地守りだから。


 いろんな人があたしの面倒をみてくれる。ここの世界のことも教えてくれる。

 ここは、五色の地とはかなり違う世界だと思った。

 いいな、と思ったのは、この世界には異能の力は基本的にはないということ。だから、異能の力は秘しておかねばならないし、異能の力の有無で何かが決まるわけじゃない。

 五色ごしきの地で力のない土地守りとして鬱々としていたから、そのことはなんだかあたしを安心させた。

 でも。


 ここも、しょせん、火の館と同じだった。

「蘇芳さま、朝ごはんのお支度が整いました」

「蘇芳さま、お召し替えの時間です」

「蘇芳さま……」

 ああ、ほんとうにうざい。うざくて、口を利く気にもなれない。朱里あかりのことが懐かしくなった。


 部屋でぼんやりしていたら、「蘇芳殿、ちょっとよろしいかな?」と、五十がらみの男が入ってきた。誰だったかな? まゆみ?

 黙っていたら、そいつは話し出した。

「蘇芳殿、今後、いかがいたしますか?」

「……」

「あなたさまを、向こうにお返ししようと努力はいたしましたが、何分どのような方法でこちらにいらしたのかも分からず、……申し訳ない」

「……」

 緑青ろくしょうとの境の川の上の満月を触ったら、こっちに来ちゃったのよ。……理屈は分からないけれど。


「……そうしますと、しばらくこちらにいらっしゃることになります。ですから、何かご希望があれば、と」

「……あたし、ふつうの暮らしがしたい」

「え?」

「だーかーら! 下々の民がする生活がしたいの! ここはいや、とにかく!」

「いや、とおっしゃられましても」

「とにかく、いやなの! いやだったら、いや!」

 御側人頭おそばにんがしらあかねに対しては言えないようなことも言えてしまう。イライラが抑えられない。


「あたし! この間教えてもらった、学校とやらに行ってみたい! 学校行く!」

「……分かりました」

 五十がらみの男(たぶん、まゆみ)は、そう言って頭を下げると退出した。

「ふん」

 ああは言ったものの、ほんとうに叶えられるとは思ってみなかったのである。


 *


 誰かが来る気配がして、あたしは部屋をそっと抜け出して(抜け出すのは得意!)門の近くまで行った。

 あ! 柊護しゅうご

 ……なんか、変な服着てるけど、柊護!

 柊護、どうしてここにいるんだろう? 迎えに来てくれたのかな?

 あたしは嬉しくなって、門へ向かう。

「しゅう」ご、と声をかけようとしたら、独り言が聞こえてきた。


「だから、結局よかったんだよな」「まあ、理由はそれだけじゃないだろうけど」

 ――違う、柊護じゃない。すごくよく似ているけれど。

「何ブツブツ言ってんのよ」

 あたしはそう言って、彼を睨みつけた。柊護が迎えに来てくれたのかという期待を裏切られたから、なんだかすごく腹が立ってしまった。

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