第十一話 彬②

 夜、お風呂に入って、蘇芳すおうの長い髪を乾かそうと、母さんがドライヤーを取り出したら、蘇芳は「大丈夫」と熱風を出して髪を一瞬で乾かした。

 ちょ、何やってんの! 母さん、土地守りの記憶、全部抜けているよね? と思って父さんを見たら、父さんもぎょっとした顔をしていた。ところがとうの母さんは「便利ね」なんて言って笑っていた。みなとは湊で、「俺もやって!」とか言っているし。

 異能の力はここにはないということを、誰も教えなかったのか?


「ちょっと蘇芳」

「何?」

「あのさ、さっきみたいなこと、学校ではするなよ」

「さっきみたいなこと?」

「力を使うこと」

「……ああ」

「ここはさ、異能の力はないのが当たり前の世界だから」

「……ふうん」

 分かったのか分からないのかさっぱり分からない。


 そのとき母さんが、「蘇芳ちゃん、ホットミルク飲む?」と言った。

「飲む!」

 蘇芳は、ぱあっと笑顔になって、食卓へ行く。

「俺、コーヒー飲もうかな」

「眠れなくなっちゃうわよ」

「大丈夫だよ」

 母さんが淹れてくれたコーヒーを、蘇芳が不思議そうに見ていた。

「それ、おいしいの?」

「飲んでみる?」

 母さんは蘇芳の前にコーヒーの入ったマグカップを置く。

 しかし、一口飲んで蘇芳は顔をしかめた。

「……まずい。よくこんなもの、飲めるね」

 母さんは笑って、「明日はカフェオレにして、甘くしたのを飲んでみたら?」と言った。

「うん!」と蘇芳。

 なんか、母さんには素直だな、こいつ。


 俺はスマホを取り出して、LINEをチェックした。

 澪からの返信はない。


 *


「澪!」

 俺は澪を追いかけようとしたが、蘇芳に袖をひっぱられた。

「ちょっと。あたし、いっしょに行ってくれないと困るんだけど」

 躊躇している間に澪は横断歩道を渡って行ってしまった。


 俺は溜め息をついて、蘇芳と学校に行く。

「……おとなしくしていろよ」

「おとなしく?」

「そう。力は使うな、絶対」

「……分かった」

 ほんとかな? と思いつつ、それよりも走り去った澪の方が気にかかっていた。

 あーあ。半年続いたのに、終わりかな?

 俺、少しも悪くない気がするけれど。


 蘇芳を職員室に送り届け、俺は一人で教室に戻る。澪とは同じクラスだ。

 教室に入ると、澪と澪の友だちが固まって、俺を見てくる。というより睨んでくる。……視線が痛い。

 俺は黙って自分の席に着いた。

 めんどくさい。

 でもとりあえず、平静を装う。


 しかし、スマホをチェックしていたら、澪の友だちの一人の林さんが俺の前に来て言った。

「ちょっと、青栁くん。澪に何か言うこと、ないの?」

「……」女子ってどうしてこうなんだろうなあ。

「澪に悪いって思ってないの?」

「俺、何も悪いこと、してないけど?」

「女の子といっしょに登校したらしいじゃない!」

「親戚のね」

「嘘つき!」

 林さんはそう言って俺を睨みつけたとき、担任が蘇芳を連れて入ってきた。

「ホームルーム始めますよ!」

 転校生? 珍しくない? というざわめきが起こる。

 澪はじっと蘇芳を見ていた。鋭い視線で。


 ああ、もう俺の平和な学校生活は終わった気がする。

 俺、何かしたっけ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る