第五節 俺の、平和な学校生活の終わり【彬】

第十話 彬①

 みおには事前に連絡をしておいた。

 事情があって、親戚の子と学校に行くことになったから、今朝はいっしょに行けないと。

 でも、学校の最寄り駅に澪はいて、俺と蘇芳すおうを見ると怒った顔をして走り去ってしまった。

 ……どうしたらいい?


 *


 俺が蘇芳と家に帰ると、母さんが満面の笑みで出迎えてくれた。

 実にかいがいしく、蘇芳の面倒を見る。父さんもいて、事情を訊いたら「親戚の女の子を預かるのが嬉しくて、舞い上がっている状態」なのだそうだ。女の子が嬉しいらしい。

 客間に蘇芳を通し、買い揃えた品々を見せる。服とか小物とか、学校に行く準備のものとか。

 最初、蘇芳は戸惑った顔をしていたが、母さんがあまりに笑顔で嬉しそうに話すものだから、次第に打ち解けて笑顔を見せるようになった。


「ねえ、どんな設定になってんの?」

「僕の親戚の娘さんで、ずっと海外を転々としていたけれど、日本の生活を味わいたいからと、娘さんだけ日本に来て、短期滞在するってことになっている」

「なるほど、海外ね。……母さん、嬉しそうだね」

「うん、嬉しそうだ。樹里ちゃん、買い物も楽しそうにしていたよ。部屋を調えるのも。女の子に憧れていたからねえ」


「蘇芳、夜ごはんはね、手巻き寿司にしたのよ」

 蘇芳⁉ 俺は驚いて、蘇芳を見た。母さんに怒ったりしたら、嫌だなと思って。

「手巻き寿司?」

「そう、いろいろな具をね、自分でのせて食べるのよ」

 蘇芳は母さんに導かれ、素直に台所に行く。母さんと楽しそうに何かしている。

 ……大丈夫そうだ。

 俺は安心して、自分の部屋へ行った。


 そうだ。

 澪に連絡しておかなくちゃいけない。

 とりあえず、父さんが言っていた設定通りに打つ。

 すぐに既読になった。でも返信はない。

 しばらく待って返信が来ないから、俺は宿題をすることにした。


 食卓に椅子が一つ増えて、五人で夕ごはんを囲んだ。

 今日は蘇芳が来た初日だから、ということでみなとは塾を休んでいっしょにごはんを食べることにしたらしい。

 テーブルには様々な手巻きずしの具が並べられていた。

 うちに来て初めてのごはんを手巻き寿司にしたのは、たぶん「海外にいた」という設定からだろうなあ、と思う。

 たくさんの種類のお刺身があり、ネギトロがありいくらもあり、ツナマヨもありいり卵もあり、生野菜もふんだんにあり。


 そうだ。

 小さいころ、友だちが来たとき、やっぱりこんなふうに作ってくれたっけ。

 幼稚園から小学校くらいまでのとき。

 あのころは、確かソーセージとかハムとかがあった。

 湊と目が合う。

 湊も思い出しているんだな、と感じた。

 塾があったり部活があったりして、平日の夜に家族全員で食卓を囲むことはほとんどなかった。久しぶりだ、こういうの。

 蘇芳は母さんの隣に座り、母さんにあれこれ教えてもらいながら、なんだか楽しそうに手巻き寿司を食べていた。

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