第九話 蘇芳②

 あたしは森の中にいた。

 森の中は夜でも生き物たちの気配が息づいていた。

 なんか、こういうのっていいな。

 やかたの中は息苦しい。

 朱里あかりのことは好きだけど、でもどうしても隔たりがある。


 さみしいな、と思う。

 こういうとき、父親や母親がいたら、どんなふうに声をかけてくれたんだろう、と思う。

 あたしには両親はいない。育ててくれたのは、御側人おそばにんで、親という感じではなかった。だから、あたしは親という存在がどんなものか分からない。ただ、ときどき羨ましく思うだけ。母はあたしを出産したときに死んでしまった。父はそのすぐ後に死んでしまったそうだ。

 あたしなんていなければ、父も母も生きていたのかな、生きて笑っていたのかな、とふと思ったりする。

 ……またさみしい気持ちになってしまった。



 森をどんどん歩く。

 満月の月明かりの中を。



 ふと気づけは、緑青ろくしょうの土地との境界線近くまで来ていた。

 五色ごしきの地は、黄王こうおうの土地を中心に、四枚の花弁が広がった形状をしていて、北に黒玄こくげん、東に緑青ろくしょう、南に朱火しゅか、西に白金はくきんが位置していた。従って、朱火しゅか緑青ろくしょうは隣接している。


 その、境界に来ていたのだ。いつの間にやら。

 帰ろうかな、と思った。

 朱里は絶対に心配している。朱里のことは好きだった。立場上、どうしても隔たりがあるように感じるが、でも朱里があかねに怒られるのを想像したら、あまりいい気持はしなかった。


 そのとき。

 境界に何か輝くものがあるように感じた。

 何だろう?

 


 あたしは近づいてみた。

 すると、境界の川の上に丸い大きな満月があった。


 え? 何、これ。

 空を見上げると、空にも大きな満月がちゃんとあった。

 あたしは、あたしの目の前にある、川の上にある黄みがかった銀色の満月に手を伸ばした。それは、触れそうな位置にあったのだ。

 指先に、月の光が、触れた。



 その瞬間、あたしは目が開けられないほどの眩しい光に包まれた――



 ――そして。

 目を開いたとき、森ではない、全く知らない場所にいたのだった。



「ここ、どこ?」



 見ると、黒髪黒瞳の人たちがいた。あれ、あたし、なんで黒玄こくげんの土地にいるのかな?

 ――黒玄こくげんの土地、なのかな? ここ。

 なんか、違う気がする。

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