第七話 蘇芳②

 昼餉ひるげの席にいたのは柊護しゅうごだけではなかった。

 緑の髪の女もいた。

 何、この儚げでたおやかな女の子。ふわふわだ。

 美しい若葉色の瞳があたしをじっと見つめる。うわー、超かわいい。

 あたしはなんとなく、紅い髪を撫でて整えた。

 あたしの髪はうねっていて、すぐに広がってしまうのだ。


蘇芳すおう

 柊護があたしに気がついて、言う。

「柊護、久しぶり」

「うん、久しぶり。蘇芳にも紹介しようと思って。彼女が緑青ろくしょうの土地守りで樹里じゅりって言うんだ」

 樹里、と呼ばれた女は微笑んで頭を下げた。

 あたしもつられて頭を下げる。

「樹里、あちらが朱火しゅかの土地守りの蘇芳だよ」


 柊護の緑青を見る目を見ていたら、なんだかむかむかしてきた。

「あ、じゃあ、そういうことで」

 あたしは回れ右して部屋を出ようと思ったら――何かがぶつかってきた。

「じゅり!」

 と言って、その物体はあたしにぶつかって謝りもせずに、緑青ろくしょうのところへ行く。

 あー。

 また苦手なやつもいた。

「あさぎ」

 と緑青ろくしょう黄金きん色の毛玉みたいなのを受けとめる。


 そう、浅黄あさぎ

 あたしはこいつが嫌い。

 ずっと柊護のそばにいて。

 どう見ても、黄王こうおうの子どもにしか見えないのに、なんで柊護のそばにいるんだろう。柊護が、「ちょっと事情があってね。黄王こうおうの血筋っていうのは、黙っていてくれる?」って言うから、黙ってるけどさ。ああ、むかつく。

 浅黄は緑青ろくしょうの膝に座ると、柊護に笑いかけ、それからあたしを見て、意味ありげに笑った。あー、もうこいつ、嫌い。



 あたしの柊護に対する気持ちが恋なのかどうかなんて、分からない。

 ただ、この退屈で退屈で、しかも劣等感を刺激されるこの世界で、柊護だけが唯一安心出来る人間だった。柊護は同じ土地守りだったし(柊護は黒玄こくげんの土地守りだ)、おまけに永く、その任についていたので、とても落ち着いていて優しかった。あたしの気持ちを唯一分かってくれる人間だった。


 でも、柊護がずっと、あたしじゃない誰かを思っているのは知っていた。

 今日よく分かったよ。緑青ろくしょうなんだね。柊護がずっと恋焦がれていたのは。

 あー、もう、目の前でいちゃつくの止めてくれないかなってくらい、二人はぴったり寄り添っている。

 柊護が何か囁き、緑青ろくしょうがくすりと笑い、何か言う。

 浅黄はまるで二人の子どもみたいに緑青ろくしょうの膝に座ったままだ。

 おかげで、ごはんの味が全然分からなかった。



「それで、柊護、今日は緑青ろくしょうの顔見せに来たの?」

「うん、そうだよ。全部の土地守りを回ろうと思っている」

「ふーん」

緑青ろくしょう、じゃなく、樹里って呼んであげて」

「……うん、……樹里」

 あたしは樹里を見た。樹里はあたしを見て、にこっと笑った。あーあ、これは完敗だ。完敗って、別に勝負していたわけじゃないんだけどさ。


「それで、これでようやく土地守りが五人、全部揃ったから」

「あー、うん」

 まあ、あたしは出来損ないだけどね。

 樹里は笑顔であたしを見る。あたしも頑張って笑顔で返す。

「あたし、部屋に戻る」

「え?」

 と言ったのは、柊護とそれから控えていた朱里だ。

「蘇芳さま」


 あたしは、「蘇芳?」と言った柊護と怪訝な顔をしている樹里と、なぜだかにやついている浅黄をその場に置き去りにして、部屋に駆け足で戻った。

「蘇芳さま!」

 朱里の声が背中に届く。

 朱里は今度は追いかけてこない。だって、柊護や樹里、浅黄の相手をしなくちゃいけないもんね。

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