第二話 彬②

 最寄り駅に着き、いつもの電車に乗り込み、スマホを見る。スマホでSNSを見ながら、少し前に起こったことを思い返す。



 この、高二の春はかなり大変だった。

 比喩ではなく、母さんを失いかけた。


 そもそも母さんは身体が弱く、無理の利かない体質だった。それが土地守りゆえだと、父さんも俺も湊も、母さん以外はみんな知っていた。だから、俺たちはみんなで母さんを守って来たのだ。


 土地守り。

 この日本の世界と対を成している五色ごしきの地という世界。

 土を司る黄王こうおうの土地守り、火を司る朱火しゅかの土地守り、金を司る白金はくきんの土地守り、水を司る黒玄こくげんの土地守り、そして木を司る緑青ろくしょうの土地守り。

 五人の土地守りのそれぞれの異能の力によって、世界が構築されている世界。ゆえに五色ごしきの地と呼ばれている。


 土地守りが生まれるシステムはよく分かっていないようだが、母さんはこちらの世界に紛れてしまった、緑青ろくしょうの土地守りだった。生まれる前から青栁本家に存在をキャッチされていて(母さんの実家「伊東」は青栁の傍流だ)、ずっと青栁の監視下にあった。……監視というと言葉が強いけど、要は見守っていたのだ。

「まあ、結局それで父さんは母さんに出会ったんだけどね」



 父さんの母さんに対する思いはちょっと尋常じゃない、と俺は思っている。

「柾くん、優しい」と母さんは言うが、あいつがほんとうに優しいのは母さんに対してだけ。

 青栁本家の命令で同じ学校に入学し、さりげなく仲良くなるように言われていたそうだが、父さん曰く、「ひと目惚れだったんだよ」らしい。

 高校三年間、母さんに変な虫がつかないようひたすら努力をし、さらに母さんの気持ちが自分に向くように努力をし。

「……真似出来ない」

 澪は今までで一番長い彼女だ。

 でも、父さんの母さんに対するような思いは、澪に対してはない気がする。



 電車が降りる駅のホームに停まり、俺は扉へと向かう。



 母さんは何度も五色ごしきの地に引っ張られていた。

 それをこちらに留めていたのは、ひとえに父さんの力だと思う。愛のね。

 俺が母さんのお腹の中にいたとき母さんは、死んで向こうに転生するはずだったらしい。俺が母さんを念動力で護ったらしいけど、俺は父さんのあの執念(!)の力が強力な加護だったじゃないかなって思っている。


 そして、この高二の春はほんとうにやばかった。

 少し前から、五色ごしきの地から母さんへの、夢での干渉がひどくなっていて、母さんはついに夢を通じて五色ごしきの地に、霊体だけ渡って行ってしまったのだ。

 この辺りの事情、精神感応の力を父さんが持っていたから状況がよく分かったけれど、そうでなかったらいったいどう対応出来ていたのか、分からない。結局、母さんは緑青ろくしょうの土地守りの部分だけ、五色ごしきの地に行ってしまったとのことだ。魂を分断して。


 その後、どうなるかみんなで心配したけれど、母さんは却って元気になった。

 夜に夢を見ることもなくなったし、体調も前よりもいいくらいだった。五色の地を支えるために精力を奪われていたときの方が、よく体調を崩していた。今の方がなんだか明るくなったようにも思える。

 結果オーライだ。

 土地守りとしての能力も記憶も、全て失われたけれど、今の方が幸せそうに見える。最も父さんは「先祖に魂半分持って行かれた」ってすごく怖い顔していたけど、あれはまあ、ただの嫉妬だろうし、俺はこれでよかったと思っている。


 *


 高校の最寄り駅からは、澪といっしょに学校へ行く。

 改札を出ると、いつもの場所で澪が既に待っていた。

「おはよう、澪」

「おはよう、彬」


 澪は長い髪を背中まで垂らして、俺の横を歩く。まあまあかわいい。

 まあまあかわいい、と克己に言うと、「お前の基準っていったい何? 澪ちゃん、超かわいいけど」と言われたから、きっとすごくかわいいのだろう。

 でも、母さんみたいなのを日常的に見ていたら、「かわいい」とか「きれい」の基準ってどうしても狂うだろ。

 お化粧をしていなくても、どこまでもきれいな母の顔を思い浮かべる。

 まずいなあ。あれが基準になっていると。

 分かっているけれど、どうしようもない。

 ちくりと痛む胸の痛みをなかったことにして、澪に笑いかけた。

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