朱火の土地守りの章

第一節 そして、俺の胸はちくりと痛む【彬】

第一話 彬①

 うちの両親は物心ついたときからラブラブで、今なおラブラブだ。ラブラブなんて言葉、恥ずかしいけど、ほんとうにそうだから仕方がない。

まさきくん、いってらっしゃい」

 母さんはそう言って、父さんを玄関まで嬉しそうに送っていく。毎日だ。最近は俺たちの前でも普通にキス(触れるだけのやつだけど)しているし。ここは日本だ! とか言いたい。


 父さんと母さんは高一で出会った。

 それから、今に至るまで変わらず、お互いに好きでいるらしい。――冗談だろ? それって、俺の年――高二で十六歳――より前に、もう将来を決めたってことだろ? ありえなくない? もっと違う相手とか――


 ――いるわけないか。

 俺は、キッチンに戻って来て、朝食の後片付けをしている母親を横目で見た。

 母さんはきれいだ。びっくりするくらい。

 そこらの女優よりずっときれいだし、おまけに土地守りの影響で、十歳は若く見える。俺は何度、年の離れたきょうだいに見られたことか。

 しかしたぶん、母さんは無自覚だ。美貌にも若さにも。

 いつもなぜか自信なさげで控えめで、父さんを頼りにしている。そこが庇護欲をそそるんだろうなあ。あーあ。


 俺はコーヒーを飲み干すと、マグカップを洗って拭いてしまった。

あきら、ありがとう」

「うん。じゃ、俺、学校に行くね」

「いってらっしゃい」

 母さんは俺のことも弟のみなと(中三だ)のことも、玄関まで送ってくれる。……愛されてるね、俺たちも。

「いってきます」

 俺は笑顔で言う。


 いつからかな。「しっかりした出来る兄」でいようと思ったのは。優等生の仮面はすっかり板について、もはや自分の人格そのものであるかのようだ。実際、学校生活において、優等生の仮面は便利だった。父さんみたいに、周りの人の感情が分かる能力なんて俺にはないしね。


 家を出て、スマホをチェックする。

 みおからLINEが来ているので、すぐに返事をする。内容は他愛もないことだ。

 澪とはつきあって半年になる。彼女が出来ても、つきあって数ヶ月でなぜか別れが来てしまう俺にしては長い。このまま続くといいな、と思う。澪のことを特別に好きか、と言われるとよく分からないけれど、気に入っている。それじゃ、駄目なのかな? 

 俺はスマホをブレザーのポケットにしまい、駅へと向かう。

 俺には、父さんと母さんみたいな恋愛って、分からない――


 ふいに強い風が吹いて、自分にむかってゴミ箱の蓋が飛んで来た。ああ、あそこの家のごみ箱の蓋か、と思い、念じる。向かって来た蓋をあるべき場所に戻し、飛ばないようにかちりと留め具をしておく。

 この、微弱な念動力――それが俺の異能の力だ。

 俺の異能の力は大したことがない。正直実用性なんて、ほとんどない。母さんのお腹の中にいたとき、母さんをたすけたらしいけど、そんな生まれてもいないときのことなんて、知るはずもない。


 父さんの力の方がずっと便利だ、と俺は思っていた。

 周りのひとの意識を感じられたり、未来が見えたり。

 人の感情を感じることが出来たら、優等生の仮面を作る必要もない。――まあ、別に今がとりたてて嫌なわけでもないし、我ながらうまくやっているとは思うけど。

 ――今日は青栁本家へ行かなきゃいけない日だ。

 めんどくさいけど、仕方がない。

 俺はほんの少しイラついた気持ちを、松葉を飛ばすことで解消する。

 松葉が数本、松の木から離れて飛んで行き、地面に刺さるように落ちた。



 母さんはきれいで、そして優しい。父さんとも仲良しだ。

 ときどき、そのことがほんの少し、ちくりと痛い。

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