第三十五話 柾の想い②

 ひと目惚れだった。


 写真を見た瞬間、あまりのかわいさに言葉を失った。でも、写真だからな、という気持ちで高校に入学し、彼女に会った瞬間、写真よりもかわいくて、僕は衝撃を受けた。こんなにかわいい子を僕は今までに見たことがなかった。髪はまっすぐ艶やかで、ぱっちりした瞳は黒目勝ちで、唇は桜色。小さな顔にバランスよくパーツが配置されていて、ほっそりとした軀もすぐにぎゅっと抱きしめてしまいたい感じだった。あの瞳でじっと見つめられるとくらくらした。


 座席を探している彼女に声をかけ、前後ろで並んで座った。よし! 席が近い! と思ったけれど、その後は全然話すことが出来なかった。僕はなぜだか、休み時間のたびにクラスメイトに取り囲まれてしまったし、彼女は彼女でかわいすぎて誰も話しかけることが出来なかったのだ。


 彼女はいつも本を読んでいた。僕はそして、何の本を読んでいるかチェックをした。――谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』だ。写真入りの。僕はすぐに本屋さんで同じものを探したが見つからず、写真入りでない『陰翳礼讃』を読み込んだ。何度も何度も読んだ。それから、駅前のお店をチェックした。


 僕はようやく彼女に話しかけることが出来た。……うわっ、声もかわいい。僕は、彼女の瞳と声にくらくらしながら、とにかく彼女を誘うことに成功した。ガッツポーズをした! 他の男子の羨望の眼差しを感じていた。やった!

 なのに! 約束した日の放課後、突然先生に用事を言いつけられ、彼女を待たせてしまった。ああ、もっと颯爽と誘う予定だったのに。遅くなってしまったので、帰っていたらどうしよう? という心配でいっぱいになりながら教室に戻ると、彼女は不安気な顔で待っていた。あんな顔をさせてしまうだなんて!

 言い訳はしなかった。かっこ悪いと思ったから。ともかく謝って、いっしょに約束のお店に行った。彼女と駅まで行く道のりがいつもより近く感じた。ずっといっしょに歩いていたい。和菓子のお店で、僕は和菓子を選ぶふりをしながら、ずっと彼女を見ていた。僕は彼女と毎日いっしょに帰りたい。



 ところで僕には不思議な力がある。青栁という血筋に生まれたものには、ときどき不思議な力を持つものがいて、僕は力が強い方だと言われた。僕に出来るのは、ぼんやりした未来を感じられること、それから身近なひとの感情を感じられること。青栁本家が重視していたのは、未来を感じ取れる方だったけれど、僕自身には感情を感じ取れる力が役立った。思考を読めるほどじゃなかったらかえってよかったのだと思う。ぼんやりとしたイメージだったけれど、学校でうまく立ち回るのに役立った。だから僕はいつもいいポジションにいたし、学校生活を楽しむことが出来た。中学のとき、つきあっている子もいた。

 でも、本家から彼女に近づくように指示が来て、その子とはうまく別れた。高校も違ったし。

 それに何より、僕は彼女のことしか目に入らなくなってしまったんだ。


 不思議だった。

 彼女と仲良くなってから、彼女の意識を遠く離れていても感じることが出来るようになった。それはあたたく切なく、僕を包み込んだ。彼女の意識は美しい緑色だった。光る緑色のやすらぎ。

 僕はいつでも彼女の意識に触れていたい。

 いつになったら僕のものになってくれるんだろう? 

 でも僕はその日をゆっくり待つんだ。彼女の気持ちにそっと寄り添って。


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