第三十二話 現もしくは夢
「樹里ちゃんが、体力がなかったのは、肉体を通して精気が向こうに注がれていたからだと思う」
あのあと、柾くんはそんなことを言った。
確かにわたしは体力がなくて、すぐに疲れてしまっていた。
「じゃあ、今後はそんなことはないってこと?」
「うーん、実はどんな影響が出るかは、正直分からないんだ。……樹里ちゃん、ちょっといい?」
柾くんは、わたしのおでこに手をかざした。
「推測にしか過ぎないけれど、樹里ちゃんは、魂を半分持っていかれた。そんな感じがするんだよね。ちょっと、感じが変わった」
「え⁉」
「……たぶん、樹里ちゃんはもう夢を見ない」
「夢?」
「そう。夢でね、繋がっていたんだよ、あっちに。生まれてからずっと。そして、あの事故のとき、強く引き戻されそうになったんだ。でも、樹里ちゃんは、こっちとの結びつきが強かったから、向こうには行かなかった。……彬がお腹にいたしね」
「うん」
「向こうには向こうの事情があったんだろうけれど、僕は樹里ちゃんが行ってしまわなくて、ほんとうによかったと思ってる。……たぶん、夢の中の樹里ちゃんだけが切り離されて、向こうに行ったんじゃないかな」
夢を思い出す。
小さなころから繰り返し見ていた世界。
ずっと、茫漠としたイメージでしかなかった。
でも、存在する世界で、最近の夢はまるで夢ではなかった。
そして、あれが、もう一つの世界で、そこにわたしの魂の半分が行ったのだ。あの世界でわたしは若くしなやかで、とても自由だった。
「わたし、どうなるのかな? 変っちゃうのかな」
「……大丈夫だよ。樹里ちゃんはひとりじゃないから。僕たちがいるから大丈夫だよ」
「うん」
わたしが戻って来たときの、彬と、そして湊を思い出す。愛しい息子たち。
「たぶん、向こうの世界での、樹里としての記憶も意識も、薄らいで消えてしまうと思う。近いうちに。まるで夢のように」
「うん」
もう既に遠くにある気がする。
空を飛んでいた。
緑を蘇らせていた。
そして、柊護と浅黄。
もう、他の誰かのことみたいだ――
頑張って。
――もう一人の「あたし」。
消えゆく記憶の中の自分に、エールを送った。
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