第二十六話 夢ゆめ②

 柊護は言った。

 五色の地と、あたしがいた世界はって。

 だから、ときどき魂が入り混じる。

 あたしみたいに。そして、柊護みたいに。

 そして、ごく稀にもいる。

 ――つまり、意識的に転移するのだ。五色からあたしがいた世界へと。


 青栁の一族は、そうして出来た一族なんじゃないだろうか。


「だってね、僕の向こうでの名字は青栁なんだよ。樹里の名字って、青栁でしょう?」

「えっ⁉」

「そもそも、青栁 なんていう名字が緑青とイメージが近いし」

「あの、あたし、名字って言ったっけ?」

「ああ」

 柊護はくすっと笑って、「ごめんね」と言った。

 そうして、部屋にあった石の器に入った水鏡に手をかざした。すると、そこには幼いころのあたしが映し出されていた。


「……ごめん。こうして、ときどき見ていたんだ。きみを」

 そ、それは恥ずかしいかも……!

「ごめんね」柊護は困ったように笑って、「気持ち悪いよね」と言った。

 思わず「ううん」と言ってしまう。恥ずかしいと気持ち悪いは違う。

「でも、全部見られるわけじゃないし、見たいものが見られるわけでもない。それに時系列に見られるわけでもない。……時間軸がずれているせいだと思う」

 あのときの声もそんなことを言っていたような気がする。

 ――お前の今いる世界と、本来あるべき世界では時間の流れが異なる って。

「文字は読めるけれど、声は聞こえなくて。……それに不鮮明だしね。だから、ずっと、目の前で動く樹里に会いたかったんだ」


 柊護はあたしをじっと見つめた。

 あたしは――こころが柊護でいっぱいになっていて、何を言っていいのか分からなくなっていた。

 

「青栁はたぶん、緑青の土地守りから始まっている」

「でも、柊護は緑青じゃないでしょう?」

「土地守りは血筋ではなく、突然変異で生まれるんだ。ただ、たいていは近い血筋から生まれるし、それに生まれる前から、土地守りが宿ったことが分かる。だから、通常はお腹に土地守りが宿ったらすぐに館に連れて来られて、大切に大切にされるんだ。白金や朱火の土地守りはそうやって生まれたんだよ。それに、緑青の血筋から黒玄が、或いは黒玄の血筋から緑青が生まれることはよくあることだったんだ。黒玄と緑青が近しい存在だ、と言ったのはそういう理由もある」


 意識が遠くなってきた。ああ、あたし、もっとずっとここにいたい。


 ……青栁の力は強い。きみをあちらに繋ぎとめているのは、まさにだ。

 力って?

 ……肉体と魂の残滓だけでは、もうこの世界を維持するのは厳しい。だから、きみを呼んでもらったんだ。

 あの声。あの夢の。

 ……でも、それ以上に。僕はきみに逢いたかった。逢いたかったんだ、とても。

 柊護。あたしも逢えて嬉しい。

 ……行かないで。ここにいて。樹里。

 あたしもここにいたいよ。柊護。


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