第二十話 現うつつ②

 彬がお腹にいたとき、まだそれも心音が確認されたすぐくらいのとき、わたしは交通事故に遭った。

 飛び出した子どもを避けた車にあてられたのだ。


 買い物に行く途中だったか、ともかく家の近くの歩道を歩いていて、車のブレーキ音がしたかと思ったら、車がわたしに向かって来たのだ。

 ぶつかる! けられない!

 わたしは車が迫ってくるのを見て、身体がすくんでしまい、目をつぶった。

 次の瞬間、わたしは宙に浮いて、近くの植木まで飛んで、植木の上に寝転ぶ形になった。


 わたしの意識は車が迫ったあたりで止まっていて、気づいたら病院にいた。

 柾くんが青い顔でそばに座っていて、わたしの手を握り締めていた。あんな顔の柾くんを見たのは、あのときが初めてだったしその後も見ていない。


「樹里ちゃん……よかった」

「柾くん……わたし?」

「樹里ちゃん、何があったか覚えてる?」

「……車にぶつかった?」

「うん、そうだよ」

「……赤ちゃん! 赤ちゃんは⁉」


 わたしは大事に大事にしていた、小さな命のことを思い出し、身体を起こそうとして、柾くんに止められた。

「樹里ちゃん、落ち着いて。寝ていて。赤ちゃんは無事だから」

「え?」

 わたしはお腹をさすった。まだ平らなお腹。でも、小さな命がいるはずのお腹。

「樹里ちゃんも無傷だよ」

 ……そう言えば、どこも痛くない。

「樹里ちゃんには幸運の女神さまがついているんだね」


 柾くんはそう言って、わたしの頭を撫でて「よかった……ほんとうによかった。……心臓が止まるかと思ったよ、事故に遭ったと聞いたとき」と言って、顔を伏せた。……泣いていたような気がする。

「柾くん」

 わたしは柾くんの頭を撫でた。

「柾くん、わたし、どこにも行かないから、大丈夫だよ」


 どこにも行かないよ。

 ずっと、いっしょだよ。

 柾くん。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る