第三節 水の館 ―――――――

第十七話 夢ゆめ①

「気づいた?」

 柊護の声がした。

 あたしは檜の香が漂うような、美しい日本家屋の部屋にいた。

「……あたし?」

 いつもここに来るときは、あの本殿に現れたのに。

「今回はね、この水の館に着いた途端にあっちにんだ。浅黄を抱きながら。だからきっと、に現れたんじゃないかな?」


 そう言って笑う柊護は――そうだ、彬によく似ている。顔立ちというより、雰囲気がとても。彬と同じくらいの姿の柊護。

 ということは、柾くんにも似ているということ。

 彬、というよりも、高校生のころの柾くんにとてもよく似ていた。顔立ちよりも、醸し出す優しさみたいなものが。


 ――気づいたら、涙が出ていた。


「樹里?」

 柊護があたしの涙を指で拭う。

「うん」

 駄目だ。もっとしっかりしなくちゃ。

「……浅黄は?」

「寝てる。疲れたみたい」

「浅黄は、ここに住んでいるの?」

「うん、……大切な方からお預かりしているんだ」

「そうなんだ」


 柊護とあたしが話していたら、「失礼いたします」と声がして、光沢感のある黒っぽい生地に、きらきらした流水紋が入った着物を着た女性が入ってきて、飲み物を出した。その人はまるきりの日本人のようで、まっすぐに伸ばして一つに結わえた髪も、瞳も、真っ黒だった。

「ありがとう」

 小机に湯呑を置かれてそう言ったけれど、聞こえていないようだった。でも、あたしの気配は感じているらしく、頭を下げる。けれど、見えてもいないみたい。


「彼女は感じることが出来るだけみたいだね」

 柊護はそう言って、「飲む? 緑茶だよ」と湯呑を差し出した。

 あたしは湯呑を受け取り、お茶を飲む。

 不思議だ。

 そう言えば、この間蜜柑みたいな果物も食べた。霊体なのに、ふいに消えたり現れたりする存在なのに、飲んだり食べたり出来るなんて。


「樹里は特殊な存在だから。実体じゃなくて、霊体でも、樹里が望めばだいたいのことは出来る――力の範囲内で、だけど」

「……柊護は、いろいろ知っているんだね」

「それはもう永いからさ、土地守りとして」

「そうなの?」

「うん。それに、水の館は人手も多くて、教えてくれる人もいたからね」

「水の館って、ここ?」

「そう。黒玄の土地守りは、水の館に住んでいるんだ。樹里がいたところは、木の館だね」

「木の館……」

「樹里は枯れた木を蘇らせることが出来るでしょう? 花を咲かせたり」

「うん」


「土地守りの力には属性があるんだよ。黒玄の土地守りは水の力、樹里の緑青の土地守りは木の力を特異な能力としているんだよ。だから住まう館も、水の館、木の館と呼ばれているんだ」


 柊護の話に聞き入っていたとき。

「しゅうごっ」

 愛らしい声がして、かわいい足音とともに浅黄が駆けて来て、柊護に抱きついた。

「浅黄、起きたのか」

「うんっ」

 浅黄はとてもよく柊護になついていて、年の離れた兄弟のようだった。

「じゅり?」浅黄はあたしに気づいて、こちらを見る。

「そうよ、浅黄」


 わたしは浅黄の髪を梳いた。黄金こがね色の美しい髪。柊護と兄弟のよう、と思ったけれど、姿形は全然違った。

「浅黄の髪の色は黄金きん色なのね」

 あたしがそう言うと、柊護は「やっぱ、隠せないね」と涼やかに笑い、「浅黄は黄王こうおうの息子だから」と言った。

「黄王?」

「そう。他のひとには、僕がかけた術でちゃんと黒髪黒瞳に見えているんだけど、樹里には効かないね、やっぱり」


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