第十五話 現うつつ①
――ここはどこ?
わたしは自分のいる場所が分からなかった。
……見覚えのある天井、いつものお布団。……自分のうちだ。
両手で顔を覆う。
……子どもを抱いていた気がする。それから、柾くんといっしょにいたような。……ううん、柾くんじゃない。柾くんより、ずっと若い。出会ったころの柾くんくらいの――
夢?
意識を集中する。
……違う。あれは柾くんじゃない。でも、柾くんに、なんだか似ている気がした。雰囲気とか、ちょっとした表情とか。ああでも、あれは柾くんじゃない。
混乱する。
夢。夢だから。
だけど、なぜだか強い焦燥感があって、すぐに戻らなきゃっていう気持ちになる。なぜ?
涙がこぼれた。
あとからあとから。
どうして?
すぐに戻らなきゃって、どこに? わたしのいる場所はここなのに。
夢が。
いつもは茫漠としている夢の痕跡が、今日はとても強く残っている。
どうしよう。夢に呑み込まれてしまいそうだ。
夢が、夢の中のあたしが、わたしを呼ぶ。ここへ来てって。やることがあるからって。
あたしって、誰? わたし?
どうしよう。
涙が止まらない。
わたしはどうして泣いているんだろう?
顔が涙でぐちゃぐちゃになってしまったので、顔を洗うためにベッドから起きて、洗面所へ向かう。
顔を洗ってさっぱりして、今度は何か飲もうかとリビングに行った。そう言えば、朝から何も食べていなかった。
テーブルを見ると、お皿にラップがしてあって、サンドイッチがあった。柾くん特製のサンドイッチだ。野菜たっぷりのサンドイッチ。
嬉しくなって、紅茶を入れてから食べ始める。
「おいし」
わたしは体力があまりなくて、今日みたいに起き上がれなかったりすることがときどきあった。そういうとき、柾くんはおいしいものが入ったおにぎりとか野菜たっぷりのサンドイッチとか、食べやすいものをいつも作ってくれた。
「柾くん」
「はい」
「え?」
独り言をつぶやいたつもりだったのに、返事があって驚く。
「はい、どうぞ」柾くんは箱を差し出して、「樹里ちゃんが心配だから、在宅勤務にして帰って来ちゃった」と言った。「お土産だよ。好きでしょう?」
それは大好きなケーキ屋さんの箱で、開けるとシュークリームが4つ入っていた。
「うん、大好き。……ありがとう、柾くん」
「いいえ、どういたしまして。……紅茶、まだある?」
「うん、あるよ。アールグレイにしたの」
「いいね。僕にも淹れて?」
「うん」
わたしは柾くんの紅茶を淹れ、それからシュークリームを二つ、お皿に乗せた。残りの二つは冷蔵庫にしまった。これは彬と湊の分だ。
スーツを部屋着に替えた柾くんがリビングに来て、いっしょにシュークリームを食べる。
「柾くん、ありがとう」
「どういたしまして」
「あ、あの、シュークリームも、だけど、……帰ってきてくれて」
「だって、樹里ちゃん、調子悪そうだったから」
柾くんはにっこりと笑う。
柾くんはいつもポイントを外さない。どうして分かるのだろう?
以前、聞いたら「それは樹里ちゃんが好きだからだよ」とにっこりとされたけれど。
「樹里ちゃん、僕はもう少し仕事をするから、樹里ちゃんは寝ていてね」
「うん」
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