第十四話 夢ゆめ②

「ところで――樹里も日本人でしょう?」

「うん」

「僕も日本人なんだ。……嬉しいな」

 そう言って、柊護は笑う。確かに柊護は髪も瞳も黒くて、顔立ちも日本人そのものだった。


「ここはどこなの? あたし、夢の世界かと思ってた。……でも、夢にしてはリアルで」

「ここは……土地守りという存在によって、構築されている世界なんだ」

「土地守りは何人もいるの?」

「いるよ――全部で五人、いる。僕と樹里と、あともう三人。樹里が来て、かなり世界が蘇ったよ」

「でも、あたし、何も分からなくて」

「当然だよ。――緑青の土地守りは永いこと不在で――ほんとうに永いこと居なくて、本来ならばあるべき人の手も無くなってしまっているんだ。ここも、無人だよね?」

「うん」


 あたしはがらんとした室内を見渡した。ここはそういう、何もない場所で、禁足地かと思っていた。

「もちろん、ふつうの人は入れない山なんだけれど、本来はここには土地守りをお世話する家系の人たちが住んでいたんだよ。……でも、それも途絶えてしまって」

 確かに、本殿以外にも建物はあったけれど、人の気配は全くなかった。

 緑だけが、美しく、存在していた。


「……僕のとこ、来る?」

 柊護があたしの目を見て、そう言う。

 どきどきしてしまう――どきどき? どうして? あたしには柾くんが。

 何も言えずにいると、柊護は立ち上がって、あたしの膝で眠っていた浅黄を肩に寝かせるように片手で抱っこして、もう一方の手を伸ばした。


 着物から伸びた、ほどよく筋肉のついた腕。大きな手。

 あたしは柊護の手をとって、立ち上がった。

 ……どきどきしてしまうのは、免疫がないからだわ。


「僕ね、樹里が来るのをずっと待っていたんだよ」

「え? それはどういうこと?」

 柊護はそれには答えずに、にっこり笑うとふわりと宙に舞った。

 そうして、眠っている浅黄を片手で抱いて、柊護はあたしの手をひいて、山を越えて集落を越えて、森を越えて行った。

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