第十二話 現うつつ②

 彬と柾くんは、とてもよく似ている。姿も性格も。びっくりするくらい、似ている。そう言うと、彬も柾くんも、ひどく嫌がるけど、でも、そっくりだ。


 ……湊は、わたしに似たのかなあ。わたしも思っていることをうまく言うことが出来なかった。それから、たくさんのことをこなすことが苦手で、忙しくなるといっぱいいっぱいになってしまう。……わたし、いまもそうだ。フルタイムで働くことが出来ないのも、その辺に理由がある。柾くんが気にしなくていいよ、と言ってくれるから、週に何日しか働いていない。柾くんは、フルタイムで働いたら、僕が家事をするよ、とも言ってくれるけど、わたし、みんなのごはん作ったりしたい。そして、部屋をきれいに整えることも好きだった。それは、わたしには、忙しく働いたらうまく出来なくなることだった。


 ……湊も、やることが多くて、ちょとキャパシティーオーバーなのかもしれない。そうだ、それに、わたし、悩み事を自分の親に話すことも苦手だった。親との仲が悪いわけではないのだけれど。


 そんなことを考えていたとき、寝室のドアがノックされた。

「母さん?」

 湊だった。

「うん、なあに?」

「……別に。……いってきます」

「いってらっしゃい」

 湊はちょっと笑って、ドアを閉めた。

 湊の笑顔を久しぶりに見た気がする。


 ――嬉しいな。

 湊は、わたしを心配して見に来てくれたんだ。「別に」でもいい。

 この後、彬と柾くんがそれぞれ「いってきます」と言いに来て、家は静かになった。


 柾くんと初めて逢ったときのこと。

 柾くんは覚えているだろうか。

 わたしは覚えている。


 初めて高校の教室に入って、わたしは自分の席を探した。出席番号順で、わたしは「伊東」で二番目だった。だから席は探しやすいはずなんだけど、右の前が一番か左の前が一番か分からなくて、黒板に貼っていある番号表をじっと眺めていた。すると柾くんが「僕は『青栁』で一番だけど、君は?」と言ったのだ。クラスにはまだ柾くんとわたししかいなかった。わたしが自分の名前と番号を言うと、「じゃあ、前後ろだね」と笑って、運動場に面した列に前後で座った。そうして、下の名前は? とか、中学校は? とか、そういう話をまずしたのだった。


 十五歳のあのとき、まさかこんなに長くいっしょにいることになるなんて、全く思っていなかった。

 とても不思議だ。

 わたしは初めてのことにはとても緊張してしまうのだけれど、あの日、最初に柾くんと話すことが出来て、そしてそれがとても楽しくて、自分が「伊東」で二番目であることに感謝した。


 懐かしいな。

 柾くんの笑顔。

 制服を着た、柾くん――彬と同じ高校だ。さっきの彬を思い出す。そうして高校生の柾くんを思い出す。

 懐かしい――


 わたしはいつの間にか眠りに落ちていた――

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