第十話 夢ゆめ②
「どうしたの?」
聞こえるはずもない、と思ったけれど、声をかける。
すると、その子は確かにあたしをはっきりと見た。
「……あたしが、見えるの?」
その子はこっくりと頷いた。
「迷子になったの?」
こっくりと、また頷く。
五歳くらいだろうか。小学校に入る前の年齢に見えた。
……かわいい。
あたしはその子を抱き寄せた。彬にも湊にも、こんな時期があった。
「お名前は?」
「あさぎ」
「あさぎ?」
「あたしはね、樹里って言うのよ」
「じゅり?」
「そうよ――抱っこしていい?」
あたしは泣いている子を抱っこして、背中をぽんぽんと叩いた。この重み、懐かしいな。
「おうちは?」
「わからない」
「こっちかな?」
あたしは集落のある方を指さした。すると、浅黄はふるふると首を振った。
「もり」
「森の方から来たの?」
「うん。それで、かえれなくなったの」
あたしは浅黄を抱いて、宙に浮かんだ。
「どっちか、分かる?」
ふるふると首を振る浅黄。
そうだよね。分からないよね。
「じゃあね、あたしがいたところにいっしょに行こう。それから、おうちを探しに行こう?」
「うん」
あたしは浅黄を抱いたまま、空を飛び山の頂の本殿に戻った。
浅黄は疲れていたらしく、床に寝転がるとそのまま眠ってしまった。
かわいい。
あたしは
ここは生活に必要なものは、ほとんど何もなかった。
あたしがいるのは神社らしい建物の本殿で、神技に必要らしい品物以外はほとんど何もなく、人の気配は全くなかった。人がいる集落を巡って分かったのは、どうやらこの山自体が禁足地であるらしいことだった。
春の陽気で暖かいのが幸いだった。
……何か食べるもの、あるかな?
あたしは眠っている浅黄を置いて、そっと本殿を出た。
果物がなっていた気がする。
蜜柑によく似た柑橘系の植物があったので、そっともぎ採る。
皮を剥いて少し食べてみたら、瑞々しくて蜜柑よりも少し甘くて、とてもおいしかった。
あたしは三つほど採って、本殿へ戻った。
すると、浅黄が目を覚まして起き上がったところだった。
「ごめんね、一人にして。これを採って来たの。お腹空いているかと思って」
「うん」
浅黄は果物を受け取り、皮を剥いて食べた。
「おいしい」
「よかった!」
「じゅり、ありがと」
浅黄はにっこりと笑った。
その笑顔の愛らしさ!
あたしは浅黄をぎゅっと抱きしめた。
そのとき、あたしは意識が急速に遠のくのを感じた。
――待って!
待って。あたし、まだ戻りたくない。浅黄!
しかしあたしの意識は深い深い暗闇の中に引きずり込まれて行った――
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