第七話 現うつつ①

 わたしはスマホのアラームを止めた。五時だ。起きる時間だ。

 ……なんだろう? すごく、幸せな夢を見ていた気がする。

 ――思い出せない。


「もう朝?」

 柾くんが言う。

「うん、朝ごはん作ってくるね」

「僕はもう少ししたら、下りていくよ」

「うん、そのとき、湊も起こしてね」

「分かった」


 わたしはふわふわした気分で、朝ごはんを作り始めた。夢? ……夢の中で多幸感に包まれていた気がする。なんだか、とても幸せな夢。……でも、よく覚えていない。


 彬が起きてきて、それから柾くんと湊が起きてくる。

 いつもの朝。

 みんなで朝食を食べる。今日は湊、ちゃんと食べている。……よかった。

 食後のコーヒーを飲んでいるとき、柾くんが言った。


「今日はパン屋さん?」

「ううん、今日はね、友だちとランチしてくる」

「楽しんできて」

 いつもの台詞。柾くんはあたしがランチに行くときも、なんだか嬉しそうにする。

「いってらっしゃい」「いってきます」

 みんな、出かけていって、ひとりになる。


 わたしは玄関の鉢植えに水をやった。それから、庭に出て、花の手入れをしたりした。

 わたしは土いじりが昔から好きだった。寄せ植えをするのも大好き。緑を見たり、寄せ植えのお花を見たりすると、幸せな気分になった。

 ……何か、忘れている気がした。

「……思い出せないや」

 独り言をつぶやく。


 今日は湊と同学年のママ友とのランチ会。

 中学三年生で、高校受験もあるから、今日のランチ会もとても楽しみにしていた。

 湊のこと、ちょっと相談もしたいしね。

 わたしは手早く片付けをしてお化粧をして、出かける準備をした。


 ランチ会ではいろいろな話題が出る。そして、「ちょっと聞いてもらっていい?」と、悩みを打ち明けたりもする。同じ年齢の子どもを持つ親同士でしか分かち合えないことって、あると思う。


「それでね、内申点が大事なのよね」

「うんうん、提出物をちゃんと出さないとね。数学のプリント、提出日今日じゃなかった?」

「えー、うちの子、出したかなあ」

 いつも思うことだけど、みんな子どものこと、よく見ているなあ。


「わたしは湊が何もしゃべらなくて、全然分からないよ」

「湊くんなら、大丈夫だよ」と美咲みさきさんが言う。

 美咲さんは湊が幼稚園のころからのママ友だ。美咲さんには湊と同い年の女の子がいる。

「湊くん、学校ではちゃんとしてるみたいだよ。瑠璃るりが言ってた」

 瑠璃、というのがその湊と同い年の女の子だ。

「そうなんだ」

「男の子なんて、そんなもんだよ」と美咲さんが言うと

「そうよそうよ」と他のママ友も言う。


「彬とはずいぶん違うから……」

 わたしがついつい溜め息をつくと、みんなが「彬くんと比べちゃ、だめだよー」と言って笑った。「そうかな?」とわたしも笑う。

 笑うっていい。少し落ち込んだ気持ちも吹き飛んでいく。

「彬くんはなんていうか、出来る男子だから! 瑠璃も憧れてたよ」

「そうなの?」

「そう! だから、彬くんと湊くん、比べない! 湊くんだって、十分出来る子だよ」

「……ありがと」

 湊が中二の途中からほとんどしゃべらなくなってしまって、不安に思っているけれど、こうしてみんなに励まされると、なんだかまた頑張れる気になる。


 食後のコーヒータイムになり、みんな自分の趣味の話になった。

 テニスをしたり手芸をしたり、ママたちはいろんな趣味を持っている。

「樹里さんは何してる?」

 ふいに水を向けられて、少し戸惑いながら「寄せ植えとか?」と応える。

「あー、樹里さんち、花壇、きれいだもんね」

「うんうん、寄せ植えもきれい! 定期的に替えてるよね?」

「うん、ありがとう」

 褒められて嬉しくなる。

「また、遊びに行かせて!」

「うん、来て来て」

 おしゃべりっていいな。


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