第三話 現うつつ①

「ちょっと、待って!」


 自分の声で目が覚めた。

 ――なんだか、すごく変な夢を見ていた気がする。……でも、よく覚えていない。

 時計を見ると、五時だ。もう起きなくちゃ。

 わたしはまだ眠っている夫のまさきくんを起こさないようにベッドを出る。


 朝は慌ただしい。

 ごはんを炊き、朝ごはんとお弁当を作る。

 食卓に朝食を並べながら、夫と息子たちを起こそうかな、と考える。

 すると、長男のあきらが起きてきた。彬は高校二年生だ。


「おはよう」

「……おはよう」

「顔、洗ってきたら?」

「うん、そうする」

 彬はあくびをしながら洗面所に向かった。


 続いて柾くんが起きてきた。

樹里じゅりちゃん、いつ起きたの?」

「五時だよ」

「えー、起こしてくれたらよかったのに」

 わたしはふふっと笑って、柾くんの前にコーヒーを置いた。

「よく寝てたからね」

「樹里ちゃんは優しいなあ」


「あ、みなと、起こしてくれる? まだ起きてこないのよ。その間に水筒にお茶入れたりするから」

「分かった」

 湊は中三で、反抗期真っただ中だ。わたしが起こしても全く起きてこない。

 朝食準備の続きをしていると、洗面所から彬が戻ってきて、「湊、まだ起きて来ないの?」と言った。

「うん」

「あいつ、昨日夜遅くまでゲームしてたんじゃないかな?」

「そうなの?」

「うーん、たぶん」

 彬は、まだ用意出来ていなかったみんなのお箸を並べると、席についた。

 すると柾くんと湊が下りてきたので、みんなで朝食にする。


 しかし、食べ始めてすぐ「……俺、もう要らない。朝はこんなに食べられない」と湊が言った。湊はオレンジジュースしか飲んでいなかった。

「でも、朝は食べないと。少しだけでも食べたら? お味噌汁飲むとか」

「……いらない。ごちそうさま」

「湊」

 湊は黙って部屋へ行ってしまった。朝食はオレンジジュース以外、手つかずで残っている。


「……オレンジジュース飲んだから、平気だよ。もともと、湊は朝、あんまり食べなかったし」と柾くんが言う。

「大丈夫だよ、気にしなくて。あいつも中三だし」と、これは彬。

「だから、心配なんじゃない」

「気にしなくていいよ」と柾くんと彬が言い、何でもない顔でごはんを食べる。

 わたしは溜め息をついて、食事を続けた。彬のときはこんなことはなかった、とつい思ってしまう。湊の反抗期はわたしの手に余るように思っていた。


「今日、パン屋さん?」と柾くんが言う。

 パン屋さん、というのはわたしが働いているお店のことだ。

「うん、今日パン屋さん」と応える。

 わたしは週に三日か四日、パン屋さんで働いているのだ。

「頑張って!」

 柾くんは優しい。湊のことで落ち込んでいるわたしを励ましてくれている。

「うん」

「俺、目玉焼きが乗ったパン、食べたいな」と、彬。

「分かった。買っておくね!」

 朝食を終え、みんな着替えてそれぞれ出かけて行った。湊だけ無言で家を出たけれど、「いってらっしゃい」と声をかける。

 ……まあ、お弁当持って行ったし、あまり気にするのはやめよう。

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