目をまん丸にして真っ赤な顔で見つめ合うベリアンとジーンの前に、ずずい、と私とライルは立ちはだかった。 


「ちょっと、そこの魔術オタク! 何を寝ぼけたこといってるの! 言っておくけど、結婚は私たちが絶対に先ですからねっ」

「ええ。私も今回のことでリリと過ごすかけがえのない人生の時間を、一分一秒たりとも無駄にはできないと身に沁みてわかったんですよ。ですから一日も早くリリと結婚したいと思っています」


 鼻息荒く詰め寄る私とライルに、ベリアンは冷ややかに見つめた。


「こんなに骨を折ってやったんだから、こちらが先でいいだろう。なんならもう一度おかしな術をかけてやってもいいんだぞ?」


 なんてことを! ベリアンお兄様ったら、本当にいい性格してるんだからっ!


「馬鹿なこと言わないでちょうだい! これだけ焦らされたんだから、もう婚約だのなんだのと悠長なこと言ってられないわ! 学校を卒業したら、すぐに結婚してやるんだから!」

「今から君の花嫁衣装姿が楽しみだよ。リリ」

「まぁ……ライルったら。私もすっごく楽しみ」


 ふふふふ。そうなの。

 大好きな婚約者に会いたくても会えない、触れたくても触れられない、そんなじれるような状況を強いられた私とライルは、もう限界だったのよね。


「ああ、早くリリと結婚したいな。そうすればもう離れ離れにならずに済むし、ずっと一緒に年を重ねていけるなんて夢のようだよ」

「私もよ、ライル。大好きなライルとずぅっと一緒なんて、夢みたいだわ。こうして会えるようになったのだし、さっそく挙式会場を押さえなくちゃね」


 私とライルは約束していたのだ。

 この術が解けたら、すぐにでも結婚式を挙げようと。


 術が解けた今、もう私たちを阻むものは何一つない。

 おかしなおまじないも、吐き気も、発疹も。


 なのに、実の兄に先を越されてなるものですか。


 対抗心を目の奥にメラメラと燃やしながら、ベリアンとにらみ合う。


「実の兄とはいえ、これだけは引けないわ。絶対に結婚は私たちが先よ!」

「ほう……。助けてやった恩も忘れていい態度だな。リリ」


 バチバチとにらみ合う私とベリアン。そしてそれをぽかんとした顔で見つめるジーン。


「えっ! ち、ちょっと、一番肝心な私の気持ちはどうなるのよっ! 私は一言もベリアンと結婚するなんて言ってないんだけどっ? ねぇ、誰かひとりでもいいから私のことも気にかけなさいよっ。リリの薄情者っ」


 ジーンったら、本当に往生際が悪いわね。

 その赤い顔を見れば、あなたがベリアンを思っていることくらいこの場にいる全員が分かっているのに。


「あら、ベリアンって実はイケメンだし高給取りだし、結婚相手としてそう悪くないと思うわよ? ジーンなら義理の姉妹になってもうまくやっていけそうだし。ベリアンって、性格はちょっと……悪……いや、特殊ではあるけど、でも浮気の心配は絶対にないわよ! これだけは、妹として保証できるわ!」


 私がそう言えば。


「確かにベリアンの伴侶なら、ジーンくらい気が強くないと正気を保てないよね。うん、きっと君ならうまくやっていけるよ」


 すかさずライルが援護し。


「幸せな研究人生を送ろうな。ジーン。君の魔力と血の一滴残らず、永遠に愛すると誓おう」


 とどめのようなベリアンの呪い、いや愛の言葉に、ジーンは泣き笑いの表情を浮かべて叫ぶ。


「ええええっ! 夢に描いてたプロポーズとそれはなんか違うのよぉっ! いやぁーっ! 首根っこつかまないでぇーっ! リリの馬鹿ぁっ!」


 そうしてジーンは、満面の笑みを浮かべたベリアンにずるずると引きずられるようにして屋敷を出ていった。


 行き先は恐らく、ベリアンの研究室だろう。

 あのずらりと並んだ怪しげな薬品の瓶の山とまがまがしい雰囲気を漂わせる書物でぎっしりのあの研究室が、これから二人の愛の巣になるに違いない。


「色々な愛の形があるものね。ジーンも口ではああいってるけど、ベリアンの悪口を言うとすぐ怒るのよ? まったくうっかり事実も言えないわ、あれじゃ。愛の力ってすごいわね」

「なんだかんだ一緒にいるのが様になってるしね。縁ってわからないものだな。……僕とリリが出会ったのは運命だったと僕は信じてるけどね」


 ライルが甘い目で私をじっと見つめる。

 

 ああ、なんて幸せ。

 雨降って地固まるって本当ね。もうこれで私たちの幸せを邪魔するものはないんだわ。



 おかしなおまじないの力でとんでもない目にあったけど、結果的に見れば大好きなライルとの結婚もぐんと早まったし、ベリアンお兄様も愛する伴侶を見つけることができたし。

 あのおまじない、もしかしたらジーンがベリアンを見つけるために発動したのかもしれないわね。それがうっかり私に発動しちゃっただけで。


 でもまぁいいか。

 これで私もライルも、ベリアンもジーンもとっておきの幸せを手に入れられたわけだし。



 そんなことを思いながら、私はもう邪魔するものなど何一つないライルの愛に包まれて、しみじみと幸せを噛みしめるのだった。


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大好きな婚約者に近づけない呪いをかけられたので、マッドサイエンティストの兄を使ってざまぁすることにした! あゆみノワ☆書籍『完全別居〜』発売中 @yaneurakurumi

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