7
それからしばしの時が過ぎ。
ようやくその時は訪れた。
私とライルが、以前のようにまた愛を育める日々が――。
「……どうだ? 吐き気は? 発疹は?」
ベリアンにそう問われ、私は感極まった。
「……なんとも……ないわ。気持ち悪くもないし……それに身体もかゆくない……。逃げ出したくもならないわ。私……私……ついに……!」
目を開けて、至近距離に立つ愛する人を見つめる。
涙で視界がぼやけるけれど、これは歓喜の涙だ。
「ライル……!」
「リリ……!」
私たちは約二ヶ月ぶりにひしと抱き合い、互いの思いを確認し合った。
いやぁ、長くつらい日々だったわ。通信魔具を使ってライルとは毎日のようにおしゃべりしていたけれど、やっぱり直接会うのが一番よね。
「はぁ……。じゃあこれでやっと、私もお役御免ね。良かった……。これでこの悪魔からやっと解放される」
ジーンが疲れ切った様子でつぶやいた。
「あら、それは多分無理じゃないかしら。ジーン」
「なんでよ? リリ」
ジーンがベリアンに協力を約束してから、一月あまり。
ジーンはその間ずっと我が家に居候して、朝方屋敷を半ば強制的に出て研究室に連行され、夕方になると帰ってくる生活を送っていた。おかげで今ではすっかり気心のしれた間柄になったわけだけど。
「お兄様があなたを手放すわけないじゃないの。あなたのことだから、とっくの昔にあきらめがついてるんだと思ってたわ。ベリアンともいい感じだし」
「いい感じって何よ! いい感じって! 変なこと言わないでよね。あれは悪魔よ、悪魔!」
私に食ってかかるジーンの背後に、ゆらりと黒衣をまとった人物が立つ。
「ジーン? 誰が悪魔だって?」
「ひっ……! べ、べべべべ、ベリアンッ?」
ジーンが顔を大きく引きつらせて私の背中に隠れようとするけれど、ここは空気を読んでさっと身をかわす。
「ちょっと! 苦労してやっと術を解いたんだから、少しは協力しなさいよ! 少しは!」
「えー? だって、どうせあなたベリアンからは逃げられないだろうし、いさぎよく腹をくくったほうがいいと思うけど?」
最初から分かってたけど、ベリアンはすっかりジーンのことが気に入ったらしい。
稀有な魔力の持ち主ってこともあるけど、多分彼女のキャラクターがツボなんだと思う。なんていうのか、ついいじりたくなるキャラって感じ?
そのせいか、ジーンが研究所に毎日出勤するようになってからというもの、ベリアンの肌艶はみるみるつるつるピカピカになった。
まぁ、ようは愛の力かな。
それに対してジーンの方は、確かに少しやつれた気がしないでもない。
屋敷で栄養満点の食事で健康状態に問題はないはずだし、ふかふかのベッドで安眠もできているはずなんだけどね。
「ジーン? 今日は何の研究をしようか? そうだ、古代の遺跡から発掘された古い魔術を試してみようか。大丈夫、君の魔力ならきっとうまくいくよ。楽しみだね……」
ベリアンが嬉しそうに笑みを浮かべながら、ジーンの肩を抱く。
あぁ、我が兄ながらなんてトリッキーなの。気味が悪すぎて、悪寒がすごい。
「ちょっと! 今日で契約は終了したはずよ。私は家に帰りますっ! もう研究に付き合うのは真っ平ごめんよっ! これ以上付き合ったら、私魔力が干からびちゃうっ」
ジーンはといえば、悲壮な顔でベリアンをにらみつけている。
これ以上ないほどに幸せそうに微笑むベリアンと悲壮な顔でにらみつけるジーン、おもしろいくらいに対照的な二人ではある。
「魔力が干からびるなんて、あるわけがないだろう? 君の魔力は、こんこんと湧き出る泉のように潤沢なんだから。本当に素晴らしいよね」
ベリアンが、うっとりとした眼差しでジーンの頭を優しくなでる。
とはいえ、口ではさっきからベリアンを罵っているジーンはなぜかその手を振り払うこともなく、撫でられるがままになっているあたりはやはり。
「ジーン。この人、ちょっと魔術に関しては異常に執着するし研究馬鹿だけど、人を傷つけたり苦しめたりして楽しむ趣味はないから。だから、安心してお兄様の胸に飛び込んで大丈夫よ? ただまぁちょっとたまに研究に熱が入りすぎる余り、トリッキーになるだけで」
一応今回はベリアンに助けてもらったわけだし、ここは妹としてフォローしておいたほうがいいわよね。
そんなことを思いつつ、ベリアンの恋が成就するよう援護射撃をしてみる。
「え、何それ。その言葉のどこに安心要素があるのよ? 怖い! むしろ怖いとかキモいしかないんだけどっ! しかも胸に飛び込むとか……一体何を!」
あ、ちょっと表現間違えたかな。
でも、ジーンの顔が一気に赤らんだところを見るとやっぱり相思相愛なんだと思うの。肩を抱かれたまま、逃げ出そうともしてないし。
それにジーンは、この国でも稀有な魔力持ちであることがすでに判明しちゃってるんだもの。
そうなれば一生国の監視下に置かれることは確実だし、となれば確実に魔術研究に手を貸すことになる運命なんだし。
つまりはもう、ベリアンとは切っても切れない縁で繋がっちゃってるんだよね。
「なんでよ! ちょっとねぇ、リリからも言ってやってよ! もう責任は果たしたんだから、もう解放してって」
「うーん……。でもジーン、あなたそんな魔力を持ってるとなればこの先きっと利用されまくるわよ? いろんな悪事とか政治がらみでいいように使われてさ、危険な目にも巻き込まれちゃったりして」
「嫌よ、そんなの! 私は普通に結婚して子どもでも生んでさ、平凡で平穏な人生を送りたいんだから! そんな波乱万丈な一生はお断りよ!」
まぁそうでしょうね。
この二ヶ月ジーンと向き合ってみて、つくづく普通の子なんだと思ったもの。口はちょっと悪いし性格もちょっぴりネジ曲がってるところがあるけど、こう見えて実はいい子だし。
「無理を言うな。お前のその魔力で平凡な人生が送れるわけないだろう。その力をおかしな奴に利用されないようにするには、俺のもとにいるのが一番安全なんだ。あきらめろ」
ベリアンの顔に黒い笑みが広がっているのを見て、ジーンは後ずさった。
一体この二人はどんな研究をしていたのかしら。そんなにベリアンに恐れをなすなんて、人の道に外れたことをしていないといいんだけど。
「嫌よ……。こんなマッドサイエンティストとこれからもずっと一緒にあの研究室に缶詰なんて、絶対に……。私は普通がいいのよぉ……。普通に結婚して普通に年老いていきたいのにぃ……、これじゃ一生ベリアンの飼い殺しじゃないの……」
がっくりと肩を落とししゃがみこんだジーンの肩を、ベリアンが優しく抱く。
「心配するな。結婚なら俺とすればいい。給料はこの国の中でもトップクラスだし、国の要職でもあるから将来は安泰だ。まぁちょっと生活は普通とはいい難いかもしれないが……。なんなら今すぐ婚約を整えて、リリとライルよりも先に式を挙げてしまってもいい」
「けっ……けけけけ、結婚ー? こ、ここここ、婚約ぅ? 私とベリアンがっ?」
ジーンが大声で叫んだ。
が、突然のベリアンの求婚にざわついたのはジーンだけではなかった。
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