6
「な……何よ。その顔? 気持ち悪いんだけど……?」
ジーンがはじめて見るベリアンの薄笑いに恐れをなしている。
「ねぇ、本当にどういうことなの? 私たちにもわかるように説明して! ベリアン」
どうやらジーンも一歩も引く気はないようだし、嘘を言っているようには見えない。確かに魔力持ちでないのなら、おまじないをかけたところでそんな効力があるとは思えないし。
でもならば、私に起こった異変は何なのだ。
ずずいっと攻め寄るようにベリアンに視線を注げば。
「妹の身体に変調を起こしたのは、間違いなく君のまじないのせいだ。まったく同じ魔力の波動が感じ取れるからな。妹からも、そして君からも」
「はぁ? だから私にはおまじないはかけたけど、そんな力は……」
ジーンの言葉を、ベリアンが制した。
そしてその後に続けたベリアンの話は、実に驚くべきものだった。
「君の家系を調べさせてもらった。君の一族は、呪術師の血を引いているな。何代か前から魔力持ちは途絶えているようだが。おそらくは君はその血を引いている。現代の測定では判別できない特殊な魔力をな」
聞けば確かに、ジーンは呪術師の一族の末裔であるらしい。
そのため家には代々伝わる魔術に関する古い本などがいくつか残されていて、今回のおまじないもその本に書いてあったものなのだという。
「じゃあその血のせいで、おまじないがとんでもない方向に強く効き過ぎちゃったってことなの?」
「あぁ。そのために、従来の方法では術の効力を解くことができないんだ。いや、実に興味深い。今すぐに研究所に連れて行って、その血を一滴残らず調べ上げたいな」
そういう言い方はやめて、ベリアンお兄様。ジーンが完全に顔面蒼白になっちゃってるじゃないの。
それに今は、まず術の解き方よ! 解き方!
「その本はどこにある? 家ならば今すぐに使いをやって取りに向かわせるが……。住所はタッカー通り十二番地だったか」
ジーンの顔がさらに引きつった。
家まで特定されているとは、さすがに思っていなかったんだろう。ベリアンって何でも隅々まで調べずには済まない質だから、当然一通りの情報は全部調べ済みだと思うよ、うん。
「ほ……本ならここにあるわよ! だってライル様が、『今すぐ家族もろとも牢屋に打ち込まれたくないのなら、君がこの件に関わったすべての証拠になりそうなものを持ってくるんだよ? その方が苦しまずに済むよ』って言うから!」
「あら? ライル様がそんなハードボイルドな発言を……?」
意外です。そんなゾクゾクするような一面が、あの優しさの固まりのようなライル様にあったなんて。それはそれで、とても素敵だわ。
通信魔具の向こうから、ライル様の少し戸惑ったような咳払いが聞こえてきたような。
「証拠となるものを隠滅されると困ると思ってね。一刻も早くこの術を解かないと、リリのかわいい顔を直に見ることもできないし」
「ライルったら……。私のために、そんなに一生懸命になってくれたのね……。嬉しい」
ん? 通信魔具を通して甘い会話を繰り広げる私たちを見る目が冷たい気がするのはなぜかしら。
仕方ないじゃないの。だってもう何週間も私たちは離れ離れなんだもの。これくらい許して欲しい。
「勝手にやってろ……。ジーン、その本を見せてくれ」
ジーンからそのまじないが書かれた古めかしい本を受け取ると、ベリアンは興味深そうにどんどんページをめくっていく。
「素晴らしい! これはただのまじないの本なんかじゃない。魔導書だよ。もちろん一見そうとは読み取れないよう魔力で内容が隠されてはいるが、解読すればきっと相当に貴重なものが書かれているはずだ」
「……魔導書? それが?」
予想だにしなかったのだろう。ジーンの口があんぐりと開いている。
「で、この術を解く方法は?」
けれど、焦れた私がしたその問いかけに返ってきた言葉は、実に無情だった。
「あ? あぁ、それはどこにも書いてないな」
「そんなぁ……! 何か方法はないの? ねぇ、あなたにどんな力があるのかなんて私には分からないけど、あなたの力でなんとかこの術を解いて! じゃないともう寂しくて死んじゃうっ」
切羽詰まってジーンの身体を前後に揺さぶりながら尋ねたけれど、ジーンにだってわかるわけもなく。
「それ、本当に私のあのおまじないのせいなの……? そんなこと、本には書いてなかったし、まさかそんなにひどいことが起きるなんて。もしそうなるなんて知ってたら、私だって……」
ジーンの表情には、もう会ってすぐの時のような憮然とした様子はない。むしろ今は、申し訳なさそうにも見える。
「ジーン、君少し前に婚約を破棄されたらしいね。相手に好きな人ができたからという理由で、一方的に婚約を解消されたって」
通信魔具から、ライルの声が聞こえた。
その内容に驚いて、ジーンを見れば。
「……そうよ。ある日突然他に大事な子ができたからって。そんな時、あなたを見かけたの。婚約二年目の記念デートなんだって、すごく嬉しそうにはしゃいでて……。それを見てたらなんか幸せそうでイライラしちゃって、八つ当たりって分かってたけど……」
「……だから、鼻毛?」
「……そう。鼻毛」
ジーンがしょんぼりとうつむく。
そっか……。だから鼻毛か……。
って、いや。納得するとこじゃないけど。
気持ちはまぁ分かるよ。そんな時に近くで幸せそうにお花畑全開でいられたら、そりゃキツイしムカつくし。
でも……でもさ、私何も悪くなくない?
「何のおまじないだろうが術だろうが、君のしたことは結果的に厳罰に値する行為だ。この国では魔力を用いて非合法に他者の精神や行動に干渉することは、固く禁じられているからな」
「そ……そんな。私はただおまじないを……」
ジーンが蒼白な顔で後ずさる。
「たとえ自分に魔力が備わっていることに気がついていなかったとしても、そうだな……。北の修道院に軟禁か、もしくは懲役ってとこかな」
「嫌よ、そんなの! まさか鼻毛ごときでっ!」
「それになんといっても、我が妹を苦しめた罪は重いな。覚悟はできているか? ジーン」
ベリアンにじろり、と見据えられ、ジーンはかたがたと震え始めた。
でも、お兄様。最後に取ってつけたように我が妹がとか言ってましたけど、本当はそれ心にもないですよね。
それに、罪に問われるのだって私が被害者としてジーンを訴え出れば、ですよね?
「私としては別に元に戻れさえすれば、表沙汰にする気はないんだけど。でも元に戻る方法がないとなるとさすがに……」
ジーンが処罰されるとかされないとか、正直私にしてみればどっちでもいいっていうか。いや、確かに鼻毛でそこまで重罪人扱いされるのも気の毒かな、とは思うけど。
でもこっちはこっちで、ライルとの人生がかかってるし。
「なんでも協力するから! 頼むから突き出すのはやめて! あなた、魔術研究所の首席研究員なんでしょ? あなたなら解き方を見つけられるんでしょ? それまで私も責任とって協力するから、それで許して!」
薄っすら涙を浮かべたジーンが、ベリアンにすがりついた。
それを見たベリアンの目がきらり、と怪しく光った。
「……分かった。契約だ。なら存分に、私の研究に付き合ってもらおうか」
その瞬間、私は思った。
ああ、ジーンってば術中に落ちたなって。
ベリアンはきっともうジーンを離す気はない、と思う。だってベリアンにしてみたら、格好の研究対象だもんね。解き方を探すだけで解放してもらえるはずないと思うの。
でもこれで、私の術も解ける日は近いはず。
ジーンには気の毒だけど、何かあった時にはちゃんと味方してあげるから、頑張って解き方を見つけてね。
心からその瞬間が訪れるのを心待ちにして、私をずりずりと研究室へとひきずられていくジーンと嬉々としたベリアンの姿を見送ったのだった。
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