ベリアンの狙いは、正しかった。


 ベリアンからすべての事情を聞いたライルは、すぐさま術者を特定すべく行動を開始したらしい。


 そしてあっという間に、術者は判明した。


「やっぱりあの赤毛の子が犯人だったのね……。ライルったら一体どんな方法を使って近づいて白状させたのかしら?」


 私の知っている優しいライルが、誰かを詰問している姿なんて想像もつかない。


「……お前は知らないほうがいい。聞くのは止めておけ。世の中には知らないほうがいいこともある」

「そう?」


 ふぅん? そういうものかしらね。


「でもあの子、魔力がないのに一体どうやってそんなすごい術を私にかけたのかしら?」 


 ちなみに術者は無事特定できたものの、いまだに私はライルと会えてもいないし話もできていない。まだその子のかけたおまじないの影響下にあるから。


 つまりは、この術には長期間に渡って影響を与え続けることができるほどの強い魔力が働いているということだ。


「うーん……。気になるのはそこなんだが。魔力がない……いや、もしくは測定にミスが? いや、しかし……」


 ベリアンがぶつぶつとつぶやきながら、研究熱を上げている間も私は気が気ではない。

 だってライルが術者を特定したということは、ライルにも危険があるということだ。


「ベリアンお兄様! とにかく今は魔力の有無は問題じゃないわ! この術を解く方法を聞き出すのが先よ。術者なら知ってるはずでしょう?」

「ああ、もちろんそのはずだ」


 ならば、今すぐにその子に会いに行かなければ!

 行ってこの手で締め上げて、今すぐにそんな地味だけど効果抜群の呪いを解く方法を吐かせてやる……!


「ふっふっふっふっ……。見てなさい、恋を妨害された乙女の怒りを目にもの見せてやるから!」


 怒りに目をギラつかせて拳を握りしめる。


 いい加減ストレスで気が変になりそうだ。好きな人の前でリバースするわ、全身ドット模様になるわ、呪い文字しか書けなくなるわ。

 ライルが足りなくて、死んでしまいそう。


「まぁ、そう焦るな。もうじきライルがその女生徒をここに連れてくるはずだ」


 くうぅっ……! 私は近づくこともできないのに、ライルと一緒にくるなんて腹立たしいなっ!


「あぁ、それとライルには通信魔具を渡してある。それを使えば、別室にいても俺たちと会話できるからな。直接お前と対面して、ここで吐き散らかされても迷惑だし」

「……うぐ」


 すぐそばにライルがいると分かっているのに、会えないなんて辛すぎる。

 でも通信魔具を使えば一応久しぶりに会話はできるから、良しとしよう。


「そんな便利なものがあるなら、どうして早く言ってくれなかったの? それがあれば、ライルとおしゃべりくらいできたのにっ!」

「馬鹿言うな。貴重な通信魔具をそんなくだらんことに使えるかっ!」


 ええー……。

 くだらなくなんてないのにぃー……。


 でもまぁよく聞けば、この通信魔具ひとつで立派なお屋敷を買えるくらいの価値があるらしいから、仕方ないのかな。

 私にとっては、ライルとの会話はお城百個分より価値があるけどね!



 ちなみに、ライルも私との恋を妨害したその女生徒に怒り心頭だ。よって、二人でタッグを組んで徹底的に絞り上げる気でいる。


 なぜこんなことをしたのか、何を望んでこんな術をかけたのかとか、聞きたいことは山程あるけど。

 でも、まずは術の解き方を聞くのが先決だ。話はそれから。



 そして、憎き敵との対面の時はやってきたのだった。




 ◇◇◇◇



 目の前に現れたのは、やはりあの時にこちらをじっとにらみつけていた赤毛の職業クラスの女生徒に間違いなかった。


「で? 一体私に何の恨みがあって、こんなひどいことをしたの? おかげで私、ひどい目にあったんだからね!」


 ジーンという名のその女生徒は、おもしろくなさそうに憮然とした表情でこちらをにらみつけている。


「そんな術、かけた覚えなんかないわよ! ただ私はおばあちゃんの家にあった古い本にあった通りに、あなたの鼻毛が伸びるおまじないをかけただけよ。そのくらい皆やるでしょ? まさかこんな効果が出るなんて思わないじゃない! こっちだってびっくりよ」


 私に詰め寄られ一瞬怯んだ様子を見せたけれど、ジーンはすぐに体勢を立て直し、つんとそっぽを向いた。

 私はといえば、たった今ジーンから聞いた新事実に耳を疑った。


 今確かに鼻毛って言ったわよね? 鼻毛って。え? どういうこと?


「は……鼻……?」

「なんだって?」


 意外な返答に、私とベリアンの口から間抜けな声が漏れた。


「鼻毛が伸びる……おまじない?」

「何それ……。鼻毛って……」


 通信魔具の向こうから、ライルのぶはっと吹き出す声が聞こえた気がする。


 いや、吐き気とか発疹とかも嫌だけどなにそれ、鼻毛が伸びるおまじないって。

 思いもよらぬおまじないの目的に、全身が虚脱する。


「だってあなたライル様とのデートがどうの服がどうのって浮かれてて、なんか腹が立ったんだもの。あんまりうるさいから、ちょっと嫌がらせしてやろうと思って。デートの時に鼻毛が伸びてるなんて、地味だけど結構ダメージありそうだし、純粋におもしろそうだから」


 いやいやいやいや。なにそれ。

 嫌だけど。確かに、すごく嫌だけど!


「で……でも、私はライルと会うたびに猛烈な吐き気とか身体中に発疹が出まくったりとか、文字がミミズがのたくったみたいになってライルにだけ手紙も書けないとか、散々な目にあったんだけど?」


 あれに心当たりがないっていうの? この期に及んで?


「それがあなたのかけた術のせいだってことは、もうベリアンがちゃんと調べ上げてるんですからねっ? そんな言い逃れ……!」

「だからっ! 私は本当に知らないんだってば。鼻毛だけっ! 他の誰かの仕業なんじゃないの?」


 一歩も引く気配のないジーンと、顔を突き合わせてにらみ合う。


 もしかして、ここにきて鼻毛なんて突拍子もないことを言って言い逃れしようとしているんじゃないかしら。

 確かに吐き気とか発疹に比べたら、鼻毛なんてかわいい害の少ないものだけど。精神的ダメージは結構だけどね。


「だってベリアンが、あなたから魔力の波動を確かに感じるって……! しかもそれが私から漂うどどめ色……いや、魔力と同じだって言ってるのよ?」

「知らないわよ! 私は魔力なんてこれっぽっちも持ってないし、持ってたらバイトをかけ持ちまでして学費を貯めたりしないわよっ!」


 あら、かけ持ちバイトであの学校の学費を稼いでいるのね。それは大変そう。


「見た目によらず、案外苦労人なのね……。って、今はそんなことは関係ないのよ! ちょっとベリアン! これって一体どうなってるの?」


 ぐるり、と納得のいかない私とジーンはベリアンに視線を集中させた。


「魔力は本当にないと判定されたんだな?」

「そうよ! 持ってたら将来安泰なんだから、こんなことで嘘ついたりしないわよ」


 まぁ確かに一理あるわね。少なくともかけ持ちバイトなんてしなくても学校にも入れるし、確実に良い職もゲットできるし。


「……ふん。これはものすごい宝を掘り当てたようだな」


 ベリアンの顔に、ゾッとするようなニヤケ笑いが浮かんだ。



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