「……確かあの日は、ライルに記念日デートに誘われたんだった。それで私、すごくはしゃいでて……」


 間違いなく興奮してたのは覚えてる。だってライルも同じことを考えていてくれたことが、心が通じ合ってるんだなって思えて嬉しかったんだもの。


「確か、何を着ていこうとかお友だちと話していたような……」


 そうだ。

 先生が教室に来るまで、生徒たちがざわざわしながら待っていたのよね。


 で、ふと背中に刺すような視線を感じたんだっけ。それでなんとなく振り向いたら、あの子が立っていて。


「うーん……。でも知らない子だったような……」


 一瞬目があった気がしたけれど、すぐに顔をそむけて他の生徒たちの輪の中に紛れてしまったから、すっかり忘れていた。


 でも言われてみれば、あの目には確かに負の感情がのぞいていた気もする。決して好意的ではない、なにか強い思いが。


「ふぅん。人相覚えてるか、そいつの」

「うん。確か赤毛のふわふわした髪の長い子で……あと目はちょっと切れ長で気が強そうな感じ。あ、そうそう! ネクタイの色が赤だったから、職業クラスのはずよ」


 私の通う学校は、貴族の子女と魔力を持った生徒を集めた学業クラスと、平民や手に職をつけたい生徒たちからなる職業クラスとに分かれている。


 私は魔力はないけど一応貴族なので、学業クラスに所属している。ネクタイの色はシルバー。

 そして対する職業クラスの子は、赤色のネクタイをしている。だからきっとあの子は、同学年の職業クラスの子のはず。


「となると、魔力なしか。なら無関係か……。他には?」


 そうは言われても、他に思い当たる節はない。


「精神や行動に干渉できる術を使えるとなると、かなり魔力は強いはずだ。だが、そんな者がお前と同じ学校にいるとは聞いたことないな」

「あの子は赤いネクタイだったから、魔力持ちじゃないよね。なら、学業クラスの誰かってこと? でもみんな仲良しだよ?」


 この国では、全国民を対象に魔力測定が義務付けられている。その結果もし魔力があると分かれば、ゆくゆくは国の機関で魔術士なり研究者として働く義務が課せられる代わりに、さまざまな優遇措置を得られる。 


 教育もそう。身分家柄に関わらず学費も寮費も食費もすべて無償だし、魔術について勉強できるの。


 ま、私みたいに魔力をまったく持っていない貴族の子もたくさんいるから、魔力持ちの生徒は数えるほどしかいないのだ。


「そうか……。まぁいい。ライルを使っておびき出せば、簡単に術者の特定はできるだろう」

「え、なんでライル? おびき出すなんて、そんなことしたらライルが危険な目にあわない?」


 それにそんな危ない人にライルを近づけて、もしライルにも心を惑わせるようなまじないをかけられたら……。


 早くこの厄介なおまじないを解きたいのは山々だけど、ライルにもしものことがあったらそれこそ本末転倒だ。


「言っとくが、ライルがお前以外にうつつを抜かすなんてことは天地がひっくり返ってもないから、安心しろ。あの男は趣味が悪い。なんせお前にべた惚れなんだからな」

「そう、かなぁ? へへへっ」


 そう断言されるとなんだか嬉しくなっちゃうな。

 私、愛されてるのね。ライルに。


「それにライルには、事情を俺から説明しておくから安心しろ。お前の行動の理由が、術者によるまじないのせいだってな」


 そうだ。言われてみればその手があった。何も自分で直接会いに行ったり手紙で説明する必要なんてなかったわ。

 

 人を介して事情を説明すれば、ライルに一連の異常行動は私たちの恋路を妨害する誰かの仕業だって分かってもらえる。

 そうすれば、とりあえず婚約解消の危機は回避できるはずだもの。


 差し込んだ希望の光に安堵したら、お腹の虫がぐぅっと鳴った。


 先ほどお皿に戻したクリームたっぷりのケーキを取り上げ、嬉々として頬張る。

 だってそうと決まったら、英気を養うためにもしっかりと糖分を取っておかなくてはね。


 呆れた顔でこちらを見ているベリアンを無視して、ふと頭に浮かんだ疑問を口にする。


「でも、術者の特定って私がしてもいいんじゃないの? ターゲットは私なんだもの。わざわざ危険を冒して、ライルが動かなくいいんじゃ……?」


 ライルと一緒に行動できるのならもちろんそうしたいけど、ライルの顔を見るだけで吐いてしまうんだから単独行動するしかない。


 それに術者が嫌がらせしたいのは私なんだから、私が行動するほうが相手も食いついてくるんじゃないかしら。


 いくら協力してくれるっていったって、ベリアンは学院内に潜入できないし、ベリアンがこの研究室から離れるわけないし。

 となると、ライルを危険に巻き込まないためには私がひとりで動いたほうがいいに決まってる。


「それは難しいだろうな。術者はお前の行動にそれだけ干渉できる影響力を持っているんだ。当然お前が自分を探し出そうとしていると知れば、さらなる妨害をしてくるに決まってる」


 ええー……。なにそれ、怖い。

 なんでそんな人に狙われちゃったの、私。

 あんな素敵なライルと婚約してるのが、妬ましいから? まぁ、気持ちは分かるけど。うん。


「だからライルに動いてもらうのが一番いいんだ。術者のの狙いは、ライルをお前から遠ざけてその隙に自分に振り向かせようって魂胆だろうからな」

「はっ……!」


 言われてみればそうよね。


 婚約者の私からライルを奪おうとするなんて、本当に許せない。人の恋路を邪魔するなんて、馬に蹴られてしまえばいいのよ!


「ライルがお前とうまくいっていない素振りで振る舞えば、チャンスと思って当然接触してくるはずだ」

 

 なるほど、確かに。

 すごくおもしろくないけど、それが一番手っ取り早い気はする。すごく嫌だけど。

 

「お前は、ライルを信じて任せておけばいい。お前に危害を加えようとしたなんて聞いたら、間違いなくすぐに動く。ああ見えてあいつは、お前以外には結構容赦ないからな」

「そうかな? ライルは誰にでもすごく優しいと思うけど?」


 ベリアンはそれに、それはお前にだけだよ、なんて言って肩をすくめていたけど。


 でもまぁそれが一番いい方法っていうのなら、従うしかない。魔力についてもまったくわからないし、ライルを信じろって言われたら動くわけにもいかないもんね。


「じゃあ任せるわ。絶対にお願いね。憎き術者をつかまえて、なんとかこのおかしなおまじないだか呪いだかを解く方法を見つけてね! 私とライルの幸せな未来がかかっているんだからっ!」


 こんなに悲壮な気持ちで願い事をしたことは、ないんじゃないかと思う。


 どうしても、ライルとまた普通に会ってお話して、触れ合えるそんな関係に戻りたい。

 そしてその先に、二人の幸せな未来を描きたい。

 そのためには、なんとしてもこのまじないを解かなくちゃ。


 ベリアンは少しうんざりしながらも、あきらめたようにうなずいた。


「ま、俺もこの術者には興味があるからな。実におもしろい波動を感じるんだ……。それにこんなカビの生えたような古めかしい禁術を扱えるなど、ぜひじっくり時間をかけて研究したい……」


 ああ……、ベリアンの顔が怖い。完全に研究モードに入っちゃって。


 我が兄ながら、魔術にかけるこの執念すら感じる熱量が恐ろしい。他の研究者たちがベリアンを恐れおののくのもよく分かる。


 こんなのが同じ職場でニヤニヤ笑いながら闊歩してたら、そりゃ怖いわよね。


 マッドサイエンティストかと突っ込みたくなるような気味の悪い笑い声を聞きながら、私はベリアンとライルに運命を託し、研究所をあとにしたのだった。

 

 どうか一分一秒でも早くこんな呪いが解けて、ライルと元の幸せな日常が戻ってきますようにと願いながら――。



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