「いいだろう。非常に多忙な身だが、かわいい妹のためだ。手を貸してやろう」


 ベリアンがいかにも優しい兄のようなすました顔で、協力を約束してくれた。


 でも私は知っている。ベリアンが承諾した理由が、決して妹を思いやっての家族の情などではないことを。


「嬉しいわ、ベリアンお兄様。ぜひオネガイシマス」

「なんでそんなカタコトなんだ、お前?」

「イエ、ナンデモアリマセンワ。オニイサマ」


 ベリアンがこの話に乗ったのは、私にかけられた呪いに興味が湧いたからに決まってる。

 妹の幸せを守ってやろうなんて殊勝な気持ちなんてきっと、これっぽっちもないと思うの。

 まぁ、予想通りだけど。

 

 そういうあまり人が興味を示さないようなニッチなネタ、好きですものね。ベリアンお兄様。よく知ってますわ。妹ですもの。


 まぁ動機はともかく、ベリアンはさっそく私にどんな術がかかっているのかを、なんだか怪しげな魔力測定機械とか薬なんかを使ってあれやこれやと調べ上げてくれた。


 その結果――。




「おまじない? おまじないって花びらをぶちぶちちぎって願い事をしたりする、あれ?」


 王立魔術研究所は、基本的に一般人は立ち入りを禁止されている。自由に立ち入れるのは、ここの研究員とそれに類する勤務者、事前に特別に許可を得た者だけである。


 なのになぜ研究員でもない私が我が物顔で立ち入れるのかと言えば、私がベリアンの妹だからだ。


 ベリアンがこの研究所で最も優秀な首席研究員だからってせいもあるけど、何より研究への尋常じゃない情熱に怯えて誰も口を出せないらしい。


 そんなベリアンが調べ上げた結果は、なんとおまじないだった。


「まじないとはいっても、かなり古典的かつ禁術の類だな」

「禁術……ってなんか、怪しげな響きね。普通のおまじないと何が違うの?」


 おまじないっていうのは、願い事を念じながら花びらを一枚ずつちぎって水に流すと願いが叶うとか、寝る時に枕の下に手鏡を入れて眠ると、未来の伴侶の顔を夢で見れるとか、そういうものだ。


 害もないけど、当たりもしない、まぁ遊びの延長みたいなものだよね。


 でも、私にかけられているものはそういう類のおまじないとはちょっと違うらしい。

 というのも、私の身体からおかしな魔力の波動が漂っているらしいのだ。もちろん普通の人には見えないけど。


「ねぇ、それってどんなの?」

「そうだな……。色はどどめ色って感じで、お前の背中辺りからもやもやーっと立ち上ってる感じだな」

「ど……どどめ色……」


 どどめ色がもやもやーって、それ……なんかあんまりいい感じしないんだけど。

 なんか嫌、すっごく嫌な感じ。


 なんともいえない嫌な匂いが漂ってきそうだし。

 やっぱり効果の発現の仕方も最低なら、波動も最低みたいね。


 ほんっと、許すまじ。犯人!


「で、そのどどめ色……じゃなくて、おまじないの効果はどうすれば消えるの? 今すぐにでも、こんなどどめ色から解放されたいんだけど」


 この時私は、甘く見ていた。

 ベリアンほどの魔術馬鹿、いや研究者なら、こんなおまじないの一つや二つすぐに消してしまえるだろうと。


 けれど、返ってきた答えは絶望的なものだった。


「そう簡単には消せないな。こういう原始的なものほど、案外解くのが難しいんだ。しかもお前にかかっている術者の呪いは、なかなかに強力だからな」

「は?」


 時が止まった。

 

「えええーっ! じゃあどうすればいいの? 私ずっとこのままライルと会えないままってこと? そんなの絶対に無理っ。死んじゃうよ!」


 私の絶叫に、ベリアンはうんざりした顔で耳をふさいだ。


 今にも泣きそうな私を横目に、ベリアンは大口を開けてミートパイをおいしそうにもぐもぐと咀嚼している。

 その横で私がこんなにさめざめと泣いているのに。ひどい。


 ベリアンは口の中のパイを熱々のお茶で流し込むと、満足そうな息をついた。


「お前、心当たりはないのか? 最近嫌がらせをされてるとか、おかしな態度を取ってくるやつとかいなかったか?」

「嫌がらせ? うーん……」


 そう問われて、記憶を必死に辿る。

 

「うーん……。そりゃライルとの婚約を妬ましく思う人は、たくさんいるかも知れないけど……。でも私は人畜無害系ですからね。何の役にも立たないし目立ちもしないけど、そのかわり人から恨みを買うようなことは……」


 そうなのだ。

 私は正直いまだによくライルと婚約できたなと思うくらい、これといった特徴も自慢できるようなところもない平凡な人間なのだ。


 自分で言うのもなんだけど。


 だから恨み妬みを買うとしたら、間違いなくライルとの婚約ネタだとは思う。けど、学校でも私たちの熱愛ぶりは有名だし、正直皆呆れて突っ込みもしない。

 そんな私とライルの仲を今さら? という気もしないでもない。


「まぁお前はどこをとっても平凡極まりないからな」


 ん? なんですと?


「顔はまぁアナグマみたいで愛嬌があると言えなくもないけど、美人とかかわいいという形容とは程遠いし」


 ……おい。アナグマって何よ、アナグマって!


「頭もそれほど良くないし、性格は悪くはないが若干ネジが飛んでるし。スタイルに関しては……父親似だしな」


 ちょっと待ちなさい、ベリアン。聞き捨てならないわ。

 それは私とお父様に対する冒涜ではなくて? 

 二人そろって残念みたいないい方するの、やめてもらえないかしら。

 いくらなんでも、傷つくのよ。それでなくともここのところ心身ともにボロボロなんだから、少しは配慮してくれないかしら。


 けれどそんなことを言われると、思わず手に持ったままだったクリームがたっぷり乗ったケーキを渋々と皿に戻すしかない。


 けれどその時、ふと思い出したのだ。


 ほんの少し前、他のクラスとの合同授業の際にひとりの女生徒がこちらをじっと見つめていたのを。


 そしてその目には、確かに敵意とも思えるような鋭い色がのぞいていたことを――。



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