第3話 ウチが好きなもの、嫌いなもの

 ウチは絵を描くのが得意だった。

 誰かに習ったり、美術部に入って努力していたわけじゃない。でも小学校から美術の成績はずっとA評価だし、中学2年生の時には都内美術大会で銀賞をもらったこともある。

 何の苦労をすることもなく絵が描けた。才能があるとみんなに言われた。

 ウチは自信があった。だからウチは人気者だった。クラスでは率先して前に出たし、陸上部の大会でも何度も入賞した。ウチの周りにはいつも誰かがいた。

 でもウチにとって絵は特別。陸上部ではどんなに頑張っても入賞どまりだったけれど、絵は何をせずとも持っていた、ウチの才能。絵はウチのアイデンティティだった。

 そんなウチも高校に入って熱中するものを見つけた。

 彼は文武両道でイケメン、みんなに人気がある同じクラスの男の子だった。

 気が付けば彼のことを目で追っていた。

 彼に話しかけては一喜一憂した。

 彼の好みに合わせるために、なりふり構わず情報を集めた。

 ストレートな髪が好きと聞けば、毎朝早起きしてヘアーアイロンをあてた。

 たれ目な子が好きと聞けば、持って生まれたつり目はどうすることもできなかったけれど、それでも今まで興味がなかったメイクを頑張って、たれ目に見えるようにした。

 時には、少しはしたないかとも思ったけれど、恥ずかしさを押し殺して身体を寄せることもした。

 少しでも彼に見てほしくて、ウチは頑張った。

 でも、彼にはいつも見つめる相手がいた。

 同じクラスのパッとしないあいつ。

 根暗で陰険。卑屈な見た目。マスクと前髪で隠れた顔は一度もまともに見たことがない。

 なんであんなやつが、何の努力もしてないやつが彼に注目してもらえるのか。なんでこんなに頑張っているウチは見てもらえないのか。自分が惨めで悲しかった。

 ある時、あいつはクラスの女子とスケッチブックを交換していた。あいつは絵を描くのだとその時知った。

 ウチはチャンスだと思った。あいつより絵が上手ければ彼に注目してもらえるかもしれない。そう考えて、自分の描いた渾身の絵をあいつに見せに行った。

 するとどうだろう。

 見た目に違わぬ陰キャっぷり。普通に話しかけているだけなのにキョドリまくり。正直キモかった。

 あいつはウチの絵を見ても碌な感想を言わなかった。ヘラヘラとしていて、いっそ馬鹿にしてるのではないかと思うほどだった。

 そんな態度にウチはカチンときて、半ば無理やりにあいつの持っていたスケッチブックを奪い取った。

 中を見て愕然とした。

 レベルが違った。

 描かれていたのは何かのアニメキャラクターだった。だがその絵柄は精緻そのもの。色味はない。使われたのは鉛筆かシャーペンか。白と黒しかないはずの世界は、その色の濃淡だけで無限に広がっていた。

 打ちひしがれているウチのところに彼がやってきてあいつと親し気に話し始めた。ウチのことを無視して。

 あいつはウチなんて眼中にないんだ。

 確かにこれだけ描けるやつからすれば、ウチの絵なんてお遊び程度でもないのかもしれない。だからといって、他人の絵をあんな態度で馬鹿にしていいわけではないはずだ。

 そう思うと、悲しさは怒りに変わった。

 こんなパッとしないやつがウチより優れてるなんて納得できない。なんの努力もしてないくせに彼と話せているなんて許せない。嫌い。

 この時、ウチの中の何かが音を立てて崩れていくのを感じた。

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とある少女の黙示録―絵を巡る少女たちの思惑、青春は全ての免罪符たりえない― hozumi44 @hozumi44

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