第2話 僕が嫌いなこと

 僕は曲がったことが嫌いだ。特にイジメなんかは大嫌いだ。

 しかし、高校生になるまでの15年という短い時間の中でもイジメの現場に遭遇したことは少なくなかった。

 あの日だってそうだ。本当はあんなことになる前にもっとしっかりとイジメの根を断っておくべきだった。

 新しいクラスは明るい人が多かった。勉強や部活、それぞれ打ち込むものを見つけて、みんな活き活きとしていた。

 彼女もその内の一人だった。

 いつもマスクをしているし、長すぎる前髪でほとんど表情は読み取れなかったけれど、友達と絵を描いてはスケッチブックを交換して、溌剌としている印象だった。

 絵といえば、最近テレビである絵の話が話題に上っている。なんでも謎の天才画家が自身の絵を路地裏でばらまいていて、それがかなりの高値なのではないかというものだ。

 僕自身、絵画のことは全くわからないけど、この頃よく絵の話題を耳にしていたせいか、テレビのネタの一つとわかっていても記憶に残っていたのだった。

 そして、西端さんも絵を描くらしかった。

 正直に言うと、僕は西端さんがあまり得意ではなかった。

 イジメを主導していることはもとより、妙に身体を寄せてくる素振りがあり、一歩身を引いてしまうのだった。

 4月、グループが固まりつつあった頃、西端さんは自身が書いた絵を彼女に見せに行った。

 それに対して彼女の方といえば、あまり話すのが得意ではないのか、ひとことふたこと褒めるような言葉を言っただけだった。

 それでは適当に答えていると勘違いさせてしまうと思った僕はフォローに入ったが、今思えばこの時に西端さんのプライドが傷ついたのかもしれない。

 それからしばらくして彼女はイジメられるようになった。

 はじめは無視、仲間外れから始まり、口さがない中傷、物を隠すと次第にエスカレートしていった。

 僕もただ見ていたわけじゃない。なるべく彼女のことを気にかけるようにしたし、西端さんに直接やめるようにも言った。イジメの現場に遭遇すれば率先して割って入った。

 そんな状況が続いていた5月下旬。彼女がトイレに閉じ込められてしまった。

 僕は彼女をトイレに閉じ込めたと話しているのを偶然耳にしたという、同じクラスの佐藤さんと一緒に彼女を助けに向かった。

 佐藤さんとは特筆して仲が良かったわけではないけれど、朗らかで裏表のない人物なのは知っていた。周りの生徒からも頼られているし、先生からの人気も高い。優等生というやつだ。

 勝手なイメージだと、もっとハイソな学校に通ってそうだが、なんでも家の方針で普通の公立高校に進学したらしい。平均的な生活を見ることが目的らしいが、お嬢様も色々大変なようだ。

 僕たちがトイレに着くと、辺りは水浸しだった。佐藤さんは大きなバスタオルを小脇に抱えていた。流石、機転が利くと感心した。

 彼女は教室から遠く離れたトイレのさらに一番奥の個室にいた。

 トイレに踏み込んだ時に血生臭さを感じて、もしや怪我をしているのではないかと焦ったが、幸い外傷はないようだった。

 個室の中は見るに堪えない悲惨な状況だった。

 水浸しの壁や地面、濡れて彼女に張り付いているトイレットペーパー。散乱するナプキンと赤色の液体。膝までおろした下着を穿くことなく、うずくまりながら自らの肩を抱いていた。

 彼女は泣きもせずに座っていた。しかしそれは気丈に振舞っていたのではなかったようだ。

 それは、佐藤さんに促されて保健室の先生を呼びに行こうとした間際、背中越しに聞こえた。

 彼女はただひとこと死にたいとだけ呟いていた。

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