とある少女の黙示録―絵を巡る少女たちの思惑、青春は全ての免罪符たりえない―

hozumi44

第1話 私へのイジメ

 私は昔から絵が好きだった。

 クレヨンから始まり、色鉛筆、水彩画、コピックなど、中学を卒業するまでには、画材屋で買えるものはほとんど試していた。その中でも特に油絵が好きだったが、高校に入ってからは友達に借りた漫画が面白くて、今はイラストと物語を作ることを楽しんでいる。

 

 私はイジメを受けていた。

 

 私はクラスの女子に目をつけられた。

 クラスでも中心的な目立つ子で、西端にしばたさんといった。

 何で目をつけられたのかはわからない。私自身、絵を書くことが好きな、どこにでもいる平凡な女子だった。理由がわからなかった。

 6月の体育祭の話題でクラスが盛り上がっていたころ、友達が急に話してくれなくなった。そしてそれを皮切りに私の学校生活は傾いていった。

 始めは私も気丈に振舞った。無視されたり、あるいは悪口を言われたりしても気にしないふりをした。こんなことで負けるもんかと踏ん張った。

 でもイジメは日を追うごとにエスカレートしていった。教科書が破かれたり、靴がなくなったり、徐々に生活に支障がでるようになった。

 ある時は制服のスカートを隠された。ある時は卵を投げつけられた。またある時は校舎裏でお腹を殴られた。

 だけれど、私は耐えた。耐えて、耐えて、耐えた。

 なぜなら私には絵がある。絵を描いている時だけは全てを忘れられた。だから耐えることができた。

 そうして過ぎていく日々の中、ある転機が訪れた。

 授業が終わった放課後、私はトイレで用を足していた。

 使い終わったトイレットペーパーを便器に捨てたその時だった。

 上方から何かが飛来して思わず目を閉じて顔をそらした。

 反射なのだろうが、掲げられた手は顔の前で交差して目や鼻を守っていた。

 そのせいではないが、守り切れなかった頭頂部に軽い衝撃を受けた。

 恐る恐る目を開けてみれば、周囲にはトイレットペーパーが伸びた状態で散乱しており、騒然としていた。

 ふと、頭に濡れたような感覚があり、手を当てて確認した。手のひらには血がベッタリと付いていて思わず短い悲鳴を上げてしまった。

 しかし頭に痛みはない。どうやら私の血ではないようだった。

 辺りをよく見てみると、散乱したトイレットペーパーに混じって使用済みのナプキンが落ちていた。

 次の瞬間には、甲高い笑い声とともにホースから勢いよくふき出した水が私を濡らした。

 どれくらい続いただろうか。ひたすら俯いて耐えていた私に何かしらの言葉を言い捨てて女子たちはトイレから出て行った。

 私は声が遠くなってようやく動き出せた。

 身体中に張り付いたトイレットペーパーを剥がそうとしたが、少しずつ剥がしてもきりがなかったのでひとまずは諦めて鍵を開けた。

 薄々わかっていた。ドアは開かないように外側から固定しているようで、いくら押してもびくともしなかった。

 助けを呼ぼうにも、ここは家庭科室などが入る特別棟にあるトイレで人の往来がない。スマホはあるが、そもそも私を助けてくれる人がいない。

 私はずぶ濡れのまま人が来るのを待つしかなかった。

 5月も後半とはいえ、ここは陽もあたらない。震える身体を自分で抱いて暖をとった。

 私の手から色味が完全に抜けたころ、ギシギシと音を立てて個室のドアが開いた。

 そこにいたのは思いもよらない人物だった。

 ここは女子トイレだ。しかし、そこにいたのは男の子。文武両道でイケメン、みんなに人気がある同じクラスの男の子だった。

 そしてもう一人。こちらも美形。育ちの良さそうな顔つきに所作。同じクラスの佐藤さん。

 ふたりは、私を閉じ込めたと話している、さっきの女子たちの会話を耳にして助けに来てくれたようだった。

「辛かったでしょう。でも気を確かに。命は大切にするべきだわ。」

 差し出された大きめのバスタオルで顔を隠す。ひどい顔をしている自覚があった。私なんかを助けに来てくれた美男美女に対して自分のなんて惨めなことか。

 ここで泣いてはダメだ。感情をぶつけるのはこのふたりにじゃない。

 しかし押し殺しているはずの感情は熱い雫となって目元を濡らした。

 涙をこらえている私を尻目に、彼は保健室の先生を呼んでくると言ってトイレを出て行った。

 その後、私は保健室で着替えを済ませ帰路についた。

 先生の話ではこれだけのことをやったのだから、然るべき申し出をすればイジメた生徒たちを停学になるだろうとのことだった。

 傍から見ている分にはそう言えるだろうが、当事者としては仕返しが怖くてそんなことできるわけがなかった。

 私は首を横に振った。私に絵があるうちはまだ大丈夫なはずだ。

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