(42)偏りが生む個性

 インターンシップ二日目午後。午前中に検討した法令違反事例をもとに三十分ほどディスカッションを続けた頃、二階堂に電話が入った。

「ちょっと外します。その間、そうね、明日作る啓発素材について二人で相談してて」

 二階堂がパーティションの向こうに姿を消すと、みなもは隣の小室に真面目な顔を向けた。

「あらためて。えふん。──昨日は我が家のことでバタバタしちゃって、ごめんなさい。啓発素材の話し合いがほとんどできなかった」

「謝らなくていいよ。香守さんも、おばあちゃんも、悪くない。悪いのはナチュラリズムの連中でしょ」

「そういってもらえると、助かります」と頭を下げてから、みなもは両手を口の前に広げて小さな声で「いよっ、男前」と付け足した。本人は気づいていないが、深刻になりそうな時におちゃらけて場を和ませようとするのは、父しゃん由来だ。

 これに対して小室は胸を張って軽く手を挙げ「君い、本当のことをいっても世辞にはならんよ」と低い作り声と微笑を返し、すぐに真顔になる。

「もう時間がないから、決めてしまわなきゃね。エシカル消費で行く? ぼくはそれで構わないよ」

「あ、ごめん、気が変わった。あのね、やっぱり悪質商法でやりたい」

 小室は、へえ、という顔をした。そのままみなもが言葉を継ぐ。

「おばあちゃんが詐欺だの悪質商法だのにやられちゃってるの見たら、他人事じゃないもの。テーマは悪質商法被害防止、どう?」

「オッケー、同感だ。興味を持って取り組めるのが一番だよ」

 テーマが決まると、次は具体的なモチーフと啓発媒体だ。モチーフはすぐには決まらなそうなので、先に媒体を考えることにした。

「読みやすさという点ではマンガが一番なんだけどなあ。小室君、絵、描ける?」

「描けるように見える?」

「見える見える」

「描けないって。美術は五段階の三だったよ。香守さんは?」

「描けるように見える?」

「うーん、無理かなw」

「むっ。そういわれると、私の画力を見せたくなるなあ」

 みなもはおもむろに緑のボールペンを握り、ルーズリーフの白紙を開いて小室を睨みながらペンを動かし始めた。どうやら小室の似顔絵を描こうとしているらしい。小室の目の前で、緑の線が重ねられていく。

「……ぷっ」

 小室が吹き出した。みなもも笑いながら、それでもペンを動かし続け、やがて「似顔絵」が出来上がった。

「くはははは、いやあ、香守さんは画伯だったかあ」

「五段階の二の実力を見よ。目があって鼻があって口があって、ほらそっくり」

「やめ、やめて……腹が痛い……」

 小室は声を押し殺して笑い続けた。つまりは、そういう絵。歪んだ線が不揃いなパーツ構成の記号的な顔を象る、基礎を欠いた前衛だ。

 人の能力は、ヒトの全活動領域に照らせば、必ず偏りがある。それを個性を呼ぶ。絵を描く能力は、目で世界を観察し、脳内に形と色のイメージを構築して、腕を動かし筆先を微細にコントロールして、紙の上に再現する、一連の技能の綜合だ。どこかが不得意であればしっかりしたデッサンは取れないし、更に感性が乗らなければ「作品」には仕上がらない。

 みなもの場合、一連の能力を欠いて感性だけで描いている。しかし、それを恥じることなく表現できること自体が、ある種の才能といえた。

「残念ながら私たちコンビでは、マンガは諦めるしかないね」

 こくり、こくりと小室が痙攣しながら頷く。

「あ、それともこの絵で推して参る?」

 はははははっ、ひいっ、と小室が決壊した。

「君い、インターンシップ中にそんなに大笑いしてはいかんよ」 

 みなもは先ほどの小室の口調を真似た。笑いのツボに入った相手には追い打ちを掛けていくスタイル。

 そこに二階堂が戻ってきた。机に突っ伏す小室とその横で誇らしげなみなもを見て「え、なになに?」と笑いながら、イスに腰を下ろす。

 少しの間、二人が落ち着くのを待って、二階堂は口を開いた。

「ごめん、ちょっと作業中断ね。今の電話、ナチュラリズムのオカダさんだった。この後、上司から大事な連絡をするって。掛かってきたら返金交渉再チャレンジするから、また横で聴いてて」

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