(31)また一難
お年寄りを乗せているのだと分かっているのか、ロシナンテのエンジン音は心なし静かで優しい感じに聞こえた。
みなもは後部座席に茂乃と二人並んで座った。茂乃は車に乗り込むのも足取りが覚束ない。シートベルトも自分ではうまく着けられず、みなもが着けてあげた。おばあちゃんはこんなに小さかったっけ、と隣の茂乃を見て、みなもは思った。
「今回の事件って、消費生活センターではどう扱われるんですか?」
みなもの問いに、ハンドルを握る二階堂が前を向いたまま応えた。
「事柄は明日にでも相談員さんにデータベースに記録してもらうよ。でも、明らかに詐欺事件だから基本的に警察任せで、うちは関われないかな。お金を払い込んで被害が発生してたら、逆に被害回復に警察は関与してくれないから消費生活センターの出番なんだけどね。とはいえ、相手が交渉に応じてくれるのが前提。詐欺事件だと相手が逃げておしまい、というのがほとんどね。悔しいけど、行政権限で出来ることは、限られてる」
じきに茂乃宅に着いた。書道教室に使っている平屋部と二階建ての居宅が接合した、トタン板張りの木造築五十年。隣接地に一台分だけ借りている駐車場にロシナンテを駐めた。
「あなたも
茂乃の誘いに、二階堂は「いえ、もう県庁に帰らなければならないので」と断った。それでも二人と共に車を降りて、玄関まで付き添った。
茂乃が鍵を取り出して玄関の引き戸を開ける。みなもが訪れるのは久しぶりだが、五歳まで暮らしていた懐かしい家だ。
「じゃあせめて、お菓子なと貰ってごしないね。今持ってくうけん、待っちょってよ」
茂乃は靴を脱いで玄関を上がり、廊下の奥へ向かった。廊下の左半分は段ボール箱が積み上げられていて、横歩きになる。
なんだろう、危なっかしいなあ。奥の部屋に置けばいいのに。
みなもも玄関に上がり一番上の箱を見た。宅配便で届いたものらしく伝票が貼付されている。差出人は「ナチュラリズム健康革命協会」、札幌の住所だ。ガムテープは剥がされていて、上蓋を開けると、プラスチック製のサプリメントケースがぎっしり詰まっている。
嫌な予感がした。
「──二階堂さあん」
他の箱も確認しながら、みなもは玄関先の二階堂に声をかけた。
「断れないお年寄りに商品をどんどん売りつける手口って、次々販売って言いましたっけ」
「そうね、法律用語としては過量販売……え?」
二階堂の視線の先で、みなもが困った顔で頷いた。
「この箱、全部健康食品みたいです。十箱以上あるみたい」
「ちょ、ちょっと、失礼しますよー」
そういって二階堂も玄関を上がる。彼女が段ボールの確認をしている間に、みなもは廊下の奥へ進んだ。
「おばあちゃん。ねえ、この廊下の段ボール……!」
みなもが声にならない悲鳴を上げた。
居間の入り口で硬直しているみなもの元に駆け寄った二階堂が見たもの。それは、居間とその奥の座敷に山と積まれた数十の段ボール箱だった。
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