(23)国家資格「消費生活相談員」
三日間の澄舞県消費生活センターインターンシップのゴールは、みなもと小室の二人で県民向けの広報素材をひとつ、仕上げることにある。そのために必要なテーマ・モチーフ・媒体を検討することが、初日午後の課題だ。
「まずはテーマね。午前中の話を思い出して」
二階堂麻美主任が正解のない課題にヒントを与える。
「消費者行政の根っこは『消費者の自立の支援』、広報啓発もそのためのものね。
「緊急性・重要度の順番でいえば、悪質商法や消費者事故の被害防止が筆頭に来る。次に契約社会でのルールなど消費者の利害に関係する知識。繊維製品の特性とか電気製品の安全な使い方のように、暮らしの中で知っておいた方がいい知識。更に応用編としてエシカル消費やSDGsといったテーマもある。消費生活相談員試験の要項を見てもらうと分かるけど、本当に対象範囲が幅広いです。
「どのテーマを選んでも構いません。午前中に聞いたこと、所内にある本やパンフレット、インターネットなど、いろいろ調べてみて。その中から、自分が一番興味を惹かれるもの、面白いと思ったものを選んでください。だってその方が」
二階堂は二人に微笑んだ。
「誰かにそのテーマの面白さ、大切さを伝えたいって、気持ちが前のめりになるでしょう? そういう気持ちが、広報啓発担当者には一番大事だから」
論文は、自分が見つけたわくわくを、誰かに伝えること──昨日のゼミの石川准教授の言葉を、みなもは思い出した。
二階堂は二人を協議テーブルに残して自席に戻っていった。インターンシップ期間中も職員には平常業務があるから、付きっきりというわけにはいかない。課題を示し、材料を用意して、ここからしばらくは小室とみなもの二人で検討する時間だ。
机の上には本や雑誌、パンフレットがいくつか用意されている。この他に、所内の来客用書架を自由に見ていいと言われていた。それからノートパソコンが一台。職員でない二人が使用する端末はセキュリティ上の問題から庁内LANには接続できないが、モバイルルータでネットに接続されている。
「試験範囲、これだね」
試験要項を手にした小室が、みなもに見えるようにページを開いてテーブルに置いた。二列の表形式で、左欄に「範囲」として次の項目が列挙され、右には更に詳細な項目が並んでいた。
1. 消費者問題
2. 消費者のための行政・法律知識
(1) 行政知識
(2) 法律知識
3. 消費者のための経済知識
(1) 経済一般と経済統計の知識
(2) 企業経営一般知識
(3) 金融の知識
(4) 生活経済
(5) 地球環境問題・エネルギー需給
4. 生活基礎知識
(1) 医療と健康
(2) 社会保険と福祉
(3) 衣服と生活
(4) 食生活と健康
(5) 快適な住生活
(6) 商品・サービスの品質と安全性
(7) 広告と表示
「うーん、社会科と家庭科だねえ」とみなもは高校までの科目名でまとめた。もちろん国家資格である以上、中等教育段階よりも高度な知識が幅広に問われる筈だ。
「そうだね。見てよこれ、試験対策テキストの厚みががこんなにある」
小室が白表紙のテキスト三分冊をまとめて指で測る。メインテキストだけで七センチくらい、問題集などを含めると十センチを優に超える。
パラパラと過去問をめくりながら、小室は
「社会科系はともかく、家庭科系はほぼ未知の世界だな。でも、うーん……国家資格か。挑んでみるのも面白いかも」
「え、前向きだね」
「資格試験の学習は、その分野の知識を身につける最短距離でしょ。国家資格が設定されている分野なら間違いなく人生で役に立つし、就職に有利かも知れないよ」
就職。自分の将来。みなもにはその明確なイメージがない。だから、小室の言葉を受けて返す言葉を探しあぐねてしまう。
その時、スマホが鳴動する気配があった。バッグに手を入れ、スマホを手に取る。画面には「おばあちゃん携帯」の発信者表示。茂乃からだ。
一秒迷って、そのままバッグにスマホを戻した。
「出なくていいの?」
「今はまずいでしょ。おばあちゃん、お昼にも電話あったし。後でかけるよ」
その後、時間を置いて更に三回鳴動があったが、みなもはスマホを手に取らなかった。
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