(20)見込み違い

 査定役の桐淵は、通帳の受け渡しの段階で、押井を早々と見切っていた。

 世の中は、支配する強者と支配される弱者に分かれる。こいつは弱者だ。強者に喰われて世の中を呪いながら骨になる運命だ。支配する側、しかも幹部「候補者」には、決してなれない。

 このまま通帳を取り上げて帰らせ、俺たちとはそれきりだ。通帳は後日然るべきタイミングで、振り込め詐欺の入金先に使う。金は全額即座に引き出すが、当局に察知された時点で口座凍結され、こいつは犯罪収益移転防止法違反で逮捕される。その頃にはこの拠点はもぬけの殻だ。

 目の前にいる押井の顔を見ながら、恨むなら自分の弱さを恨め、と桐淵は胸の内でつぶやいた。

 その時、支社長席の机上に置いていたスマホが鳴動した。

「ちょっとごめんよ」

 押井にそう言い置いて立ち上がり、スマホを手にとる。

 哲さんからだ。桐淵は通話ボタンをタップした。

「はい」といって、続く言葉を言い淀む。目の前に押井がいるのに、自分の名を口にすることは憚られた。

「そうです、すみません来客中で。はい。えっ?」

 桐淵はちらりと天井を見上げた。つられて押井も目線を上に向ける。クリーム色の天井には染みが浮き出て、築年数の古さを思わせた。

「分かりました、客対応が終わったらすぐうかがいます。……はい……あー、そいつは」

 こんどは桐淵の目線が押井に向けられた。先ほどまでの威圧の色はなく、押井は視線を受け止めることができた。押井が怖いのは、害意を乗せた視線だ。相手の意識がよそを向いていれば、怖くない。

「今、目の前にいます。まあ、俺の査定はふごうか……はあ……そうなんですか?」

 桐淵は押井に背を向け、顔を伏せて話を続ける。

「俺は、お勧めはできませんけど。ええ、そうです。──分かりました、そうおっしゃるのであれば、今から連れて行きます。はい、では」

 画面をタップし、再び天井を仰いで、ふう、と息をついた。こんな奴に、哲さんの時間を取らせる価値があるわけがないだろう。それでも哲さんの気の済むようにするしかない。

「じゃあ、これから面接いこか」

 桐淵は押井に告げた。

「……私は帰っていいですか」

「なあに言ってんだよ、お前の面接だよ」

 苛立ちを隠せず、自然と語調が強くなる。押井の目に怯えが走る。こういちいち反応されては、やりにくくて仕様がない。

「まあ黙って付き合え。終わったらすぐ解放するから」

 哲さんも、直接こいつと話をすれば、見込みがないとすぐ分かるだろう──。

 この時ブッさんは、そう思い込んでいた。

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