(11)消費者行政入門講座 序

 消費者って言葉はみんな知ってると思うけど、消費者の対義語はなんだろうね。うん、そう、生産者がそうだね。あと販売者も。作る人や販売する人をまとめて事業者といいます。これに対して消費者は買って使う人です。

 大昔は自給自足で、食料も生活用品も服も自分で作って自分で消費していた。でもそれでは効率が悪いから、分業が行われるようになる。食料を作る人、家具を作る人、服を作る人がそれぞれに専門家となり、互いの製品やサービスを交換すると、全部自分で作るより良い品質のものが手に入る。物々交換はやがて貨幣経済に移行し、流通や販売も専門化する。つまり現代のわたしたちはみんな、高度分業社会の中で誰かから物やサービスを購入して生活をする「消費者」なんだ。

 そんな社会を維持する上で、大事なものはなんだと思う? 言い換えると、それがなければ消費経済社会の安定を損なってしまう鍵といえるもの。うん。うん。いろいろ考えられるね。ここで注目したいのは「信頼」ということです。


 私たちは買い物をする時、広告チラシや店頭のポップに書かれたものを参考にするよね。「この店はあっちの店より安い」とか「有名な産地の野菜だな」とか「これで病気を防げるなら」とか。私たちはこうした広告を信頼して買い物をする。もし広告に嘘が氾濫していて信頼できなければ、私たちは安心してお金を払うことができなくなってしまう。押し売りみたいに強引に買わされてしまうのも迷惑だよね。自分の自由意志で選んで買い物をできるのでなきゃ、怖くて迂闊にお店に入れないしネット通販も使えない。私たちが消費経済社会を維持して安心して暮らすために、「信頼」が決定的に重要なわけ。

 でも、世の中にはいろんな人がいる。善良な市民も、悪人も、まぜこぜなんだ。商売は「儲けること」が目的だから、儲けのために小さな嘘、場合によっては大きな嘘をつく人、平気で不公正なことをする人間は、必ずいる。

 だから、誰かが社会の信頼を護る活動をしなくちゃならない。それが消費者行政の根っこなのよね。


 消費者行政の仕事は、大きく規制、支援、相談の三分野に分かれます。

 規制行政は文字どおり事業者側に「嘘をつかない」「無理強いしない」などのルールを課して、ルールを守るように指導したり、ルール違反があったら「こらっ」と叱ったりするもの。先日報道発表した業務停止命令がこれに当たります。

 行政は法律に基づいて事業者を規制する強力な権限を持ってます。でもね、規制行政も万能というわけじゃないの。

 まず、法律の裏付けが必要だから、法律の裏をかく新しい悪質商法にはすぐには対応出来ない。法律を改正するまで何年も野放し、改正したら更にその裏、なんてイタチごっこの歴史が残念ながら実情です。

 次に、行政職員の数が限られていて、世の中の全ての違法行為を即座に取り締まるだけの体制がない。被害の大きくなりそうなものから優先順位をつけて対応していくので、後回しになるもの、結局対応できないものも生じてしまう。

 そこで、被害に遭わないように、消費者が自分自身の身を守ることが重要になる。それが支援行政の役割ね。最近増えている悪質商法の手口を広報して注意を促したり、消費者の過失で事故が起きないよう製品の正しい使い方を周知したり、消費者を護る法律の仕組みについて学習できる機会を提供したり。でも知識だけじゃだめなのよ。消費者の自立という言い方をするんだけど、「自分の暮らしを自分で護る、良いものにする」という意識を持ってもらうことが一番大事で、一番難しい。


 理想的な「自立した消費者」なんて、実はどこにもいないのよ。多かれ少なかれ、誰もが弱さを抱えている。消費生活の中でトラブルが起きた時に、どうすればいいか。頼りになるのが消費生活センターです。センターには専門資格を持った相談員がいて、消費者からの相談を聴いて解決のためのアドバイスをしたり、場合によっては消費者に代わって事業者と交渉することもある。もちろん行政サービスだからできることには限界があるけどね。これが相談行政。


 事業者規制と、消費者支援と、消費者相談。この三つの取り組みを通じて世の中の信頼関係を維持し、消費者が安心して暮らせる社会、事業者が健全に事業活動を展開する消費経済社会を支えることが、消費者行政の役割ということなんです。


 ここまでが大きな枠組みの話です。大丈夫? 途中で分からないことがあったら質問大歓迎だから。

 じゃあ、消費者行政の三分野それぞれにディープな世界を説明していきます。こっから先が面白いんだ──。

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