第5話白い少女と白い花

走り出したといっても歩いて行くのには途方もない時間と距離がかかるので馬車を利用して行くことにした。

だが僕は肝心な物を忘れてきてしまった。

お金、防具、武器。

一人で生きていく為に必要な物を全てあの城に置いてきてしまったのだ。

今頃僕が居なくなったことで城は騒ぎになって探し回られているはずだし、どうしたものか。


「よお、そこのイケてる兄ちゃん。さっきからジロジロこっちを見てどうしたんだ?」

馬車の持ち主が視線に気付いて話しかけてきた。


「実は、サンプトン村まで行きたいんですけど...お金が無くて...。」


「金が無いんじゃあ馬車には乗せられねーなあ。ここから歩いて行くって訳にも行かねえしなあ。」


「あのお、後でお支払いするので今はツケといてもらうことは可能でしょうか?」


「それはちょっと無理な相談だな。見ず知らずの人にツケとくほど俺は出来ちゃいないんでな。今回は諦めな。」


「な、なんとか!そこをなんとか!雑用でも何でもするのでお願いします!」


「なんでもするっつったってあんた、魔法は使えるのか?」


「...?はい。火水風の3属性使えます。」

全属性使えるなんて言ったら驚かれそうだし、3属性くらいにしておこう。


「はっ。いくら乗りたいからって嘘はだめだぜ。なんで3属性も魔法使えるやつがろくな装備もなしに1文無しなんだよ。」


「いや、嘘じゃなくて、お金が無いのも少し理由が...。」


言葉で説明するのも面倒だし、実際に見せて証明することにした。

右手で火魔法、左手で水魔法、そして自分の体を風魔法で少し浮かすことで証明をした。

それにしても、嘆きノ森での最後の一線で、完全に無詠唱での魔法の使用も完璧になったな。

どれだけ物覚えがいいんだこの体。


「嘘じゃなかったでしょ?それで魔法が使えたらなんなんですか?」


「嘘だろ...。3つの魔法を同時展開させた上に無詠唱だって...?おとぎ話の魔女そのまんまじゃねえか。」


「魔女?僕男ですし、おとぎ話って?」


「世界を憎み全てを壊してしまう魔女の、有名でとても悲しいおとぎ話さ。それよりあんたすごいなあ!疑ってしまってすまなかったな。実は今日馬車の護衛に来るはずだった魔術師が魔力が尽きて来れないって言うから、代わりの魔術師を探してたんだ。良かったらうちの馬車の護衛をしてくれないか?そうしたら代金は貰わないであんたをサンプトン村まで連れてってやってもいい。」


この馬車の護衛か。

それだけでサンプトン村まで連れてってくれるのなら安いもんだ。僕は喜んでその依頼を引き受けた。


「俺の名前はグレイ。あんたは?」


「アレンです。ありがとうございます。乗せてもらって。」


「アレンか、あんた冒険者かなんかなのか?この国の魔術師であんだけ腕も立つならそこそこ名が上がっててもおかしくないし。」


「いえ、今は何者でもないです。でも冒険者、良いですね。」


そうだな。サンプトン村に着いたら冒険者にでもなって気ままに暮らすのもありだな。

自己紹介を済ますと、それを待っていたかのように馬車の裏から剣士が出てきた。


「親父、魔術師来たのか?」


「いや、今代わりの魔術師を捕まえたところだ。名をアレンと言う。アレン、こいつはラスカー、俺の息子だ。」


なるほど、自分の息子に護衛を頼むことで護衛費を削減しているのか。


「アレンです。よろしくお願いします。」


「ああ、よろしく。」


そうして僕たちは馬車を走らせ王都から出発した。

途中では魔物には出会ったものの、特に苦戦することなく4日ほどで目的地にたどり着くことが出来た。


「なんでまた、こんな辺鄙な村へ?」


「僕の生まれ故郷なんです、ここ。」


「里帰りかあ、俺もしばらく家に帰ってなかったし、久々に帰るかな。それじゃ護衛ありがとな。助かったよ。またどこかで会えたらな。」


「いえ。こちらこそ助かりました。はい!またどこかで。」


そうして馬車と別れた僕は村の入口から村へ入る。

僕の住んでた家ってどこだろう?

村の人に聞いてみるか。ちょうどそこに農作業をしているおじさんがいるので尋ねてみた。

こんなに小さな村なら僕の名前を言うだけで分かるよね。


「あの、すいません。アレンなんですけど、僕の家ってどこでしたっけ?」


「ん?誰だあんた?この村にはアレンなんて名前の人はいないよ。」


あれ?いや、多分たまたまこの人が知らないだけだな、そうに決まってる。

そう思って他の人にも聞いてみても、皆答えは同じ。


ーアレンなんて人この村にはいないー


どうなっているんだ?この村にはアレンなんて名前の人は存在していないし、勇者として王都へ向かったという話も無いという。

しかもサンプトン村とかいう変な名前の村はここ以外ないって言うし、ますます訳が分からない。

ネオンさんが僕に嘘をついたのか?いやあの状況で嘘をつくなんてありえない。

ここの村の人に、両親に会えばについて何か分かるかもしれないと思ったのに、また振り出しからだ。

、君はどこで生まれてどこで育ったんだ?

頼ろうと思っていた生まれ故郷にすら辿り着けず、しかも1文無しと来た。

一体これからどうしていけばいいんだ。

路頭に迷っている僕に村の女の子が話しかけてきた。


「お兄さん、なんでこの村に来たのー?」


「なんで来たんだろう...僕もわかんなくなっちゃった...。」


「...?悲しいのー?悲しい時はね!胸に手を当てて大事な人のこと思えば悲しくなくなるんだよ!アンナも悲しい時はいっつもママのこと思ってるの!そしたら心があったかくなるんだ!」


「そっか...。ありがとうね。」


「うん!どーしたいまして!はい!これあげる!」


そう言うと女の子は僕に花を1本渡しお母さんの元へと走っていった。

大事な人...か。僕にも居たら良かったな...大事な人。

とりあえずここにいたって仕方が無いし、ここから1番近い中立国のアドメイン国へ行ってみよう。

そこで冒険者にでもなってその日暮らしの生活をして生きていくのも悪くは無いのかもしれない。

でもここからアドメイン国まで歩いて行くのに大体歩いて2.3日くらいかかる。

いや、直線上に進んで行けば1日も経たずに到着出来るのだが、ここからすぐの所に世界樹の森という危険な森があるらしい。

なのでその森を迂回しなければいけないため時間がかかるというわけだ。

迂回した場合僕の体力が持つかどうかが心配だ。

でもだからといって世界樹の森を進んでいけば果物や水はあっても、魔物と遭遇するリスクがある。

どちらを取るべきか。

僕は世界樹の森を単独で抜ける方を取った。

理由は簡単、時短だ。

さすがに2.3日何も食べずに歩き続けるというのは無謀すぎるし、森の中なら果物があってもおかしくは無い。それに万が一魔物と遭遇しても戦わずに逃げれば問題は無い。

よし、それでは行くとしよう。

全ての生命の元となる命が生まれ、そして還るとされる世界樹の森へ。


森に入った途端、空気が変わった。

でもそれは嘆きノ森の時のような嫌な感じではなくて、逆に暖かい。僕を誰かがそっと包み込んでくれているような暖かさだ。

こんな暖かい森のどこが危険だっていうんだ?

そんな独り言を言いながら森を進んで約5時間が経った。

依然として危険が僕の身を襲ってくることはなく、世界樹の根元を通り過ぎようとしていた。

そんな時、根元の方歌声が聞こえてきた。

とても優しく、とても悲しい歌声。

こんな所に人なんているのか。

根元に着き辺りを見るとまっ白な少女とそれを囲むように大量の魔物たちが少女を襲おうとしている。

僕は急いで白い少女の元へ走り、彼女の前へ立ち魔物たちを牽制する。


「僕の後ろに隠れてて!絶対に離れないで!」

魔物たちも僕を威嚇している。戦うしかないのか、出来ればあまり大きな音は立てたくないな...。


「お行き。」


その少女の透き通った声を聞くと魔物たちは僕に攻撃することなくどこかへ消えていった。


「なんでいきなり居なくなったんだ。それより君、大丈夫?怪我とかして...」


「あなた、誰?」


「誰って...僕の名前はアレン。君は?」


「ふーん。私?誰なんだろ。」


この子、少しおかしいのかな。

いや、いきなり魔物たちに襲われて混乱してるんだ。多分


「誰だろって...名前は?」


「名前...名前...あなたが付けて?」


確定だ。確定でこの子はおかしい。助けたのは間違いだったのかな。


「名前を付けろって...。うーん...ユキ...とか?」


真っ白で雪みたいだからユキって、安直過ぎるか。


「うん。それでいい。じゃ行こっか。」


いやいいんかい。

彼女はそう言い放つとそそくさと歩いていった。


「ちょっ...行くってどこに!てゆうかなんで君はこんな所に!」


「行くんじゃないの?仲良しの国に。なぜあそこに居たのかは私にも分からない。でも気づいたらあそこにいて、あの子たちに歌を聞かせてあげてた。」


仲良しの国ってアドメイン国のことか?それに歌を聞かせてたって...。


「とてもそんな風には見えなかったけど?」


「私とあなたの見方の違いよ。」


誰がどう見たって危なかったでしょあれは...。

まあいいや、アドメイン国までこの子を守ったらすぐに離れよう。


そこからは軽い質問をしながら行ったが、どれもわからないの一点張りだった。

ついに世界樹の森を抜けて、アドメイン国の国境に着いた。


「それじゃあ、ここから分からないことは他の人に聞いて頑張ってね。それじゃ。」


長かった...。よく分からない子を守りながら森を抜けるのにこんなに疲れるとは...もうやりたくないな。


「うん。ありがとう。それじゃあ。」


そして僕はユキと別れてアドメイン国の首都へ向かった。

はずなのだがおかしい。

先程別れたはずのユキがずっと斜め後ろを着いてくる。


「なんだよっ!もうばいばいしたでしょ!」


「私もこっちに行くから。」


なら仕方ないかあ。

てなるか!明らかに僕の斜め後ろ45℃を完璧にキープしながら着いてきてんじゃねーか!


「はぁ...どこにも行くところないの?」


ユキはこくりと頷いた。


「わかった。首都に着くまでは一緒にいるからそこからは本当にさよならだからね。」


ユキはこくりと頷いたような、頷いていないような。

まあここでうだうだ言ってても仕方が無いしとりあえず早く首都へ向かおう。

そして日が暮れる前には首都に着くことが出来た。


「それじゃ、僕は冒険者ギルドで登録をしなきゃいけないから、本当にここでさよならだね。」


「うん。ありがとう。じゃ。」


ふう。それじゃ、冒険者ギルドへ行くとしますか。

そうして僕はユキと別れて冒険者ギルドの入口へ立った。訳ではなかった。

そこにはユキも隣にいた。


「結局着いてきてんじゃん!」


「私も冒険者になる、から。」


またこのパターンかい。


「分かったから、一緒に手続き進めよう。もしかしてずっと着いてくる気?」


彼女はにこりと頷く。

可愛いと思ってしまった僕。馬鹿。

まあいいか、危ないと思ったら安全な場所に置いていけばいいし。

冒険者の登録は簡単だった。

実力を確かめるテストとかがてっきりあるのかと思ってたけど、簡単な書類を書いて終わり。

冒険者について簡単な説明をすると、S〜Eまでのランクがあって、Eを初めにクエストを達成していってランクをあげるらしい。

EランクはE級の任務しか受けられないのではなく、S級のクエストも受けることが出来る。

がしかし、もしクエストを失敗すると違約金が発生したり、なんらかの罰が発生したりする。

なので身の丈にあったクエストを選んで地道にランクを上げていくのが吉なのだ。

とまあ晴れて冒険者になれた僕とユキはもう夜なのでどこかの宿へ行こうと冒険者ギルドを後にしようとした時、とても大切なことに気がついた。


「ユキ...お金...ある...?」


彼女はにこりと微笑む。


「お金...?なにそれ。」


こうして僕達は、宿に泊まるお金もなく、かといってクエストに行こうにも夜の森は危険なのでこの街で夜が更けるのを待つことにした。

そんな時、僕の耳に二人の男の話し声が聞こえた。


「おい、聞いたか?今カルステラ王国のサンプトン村が魔物暴走スタンピードに襲われてるって話だぜ。」


「サンプトン村って、ここからそんなに遠くねえ距離じゃねえか。ここは大丈夫なのか?」


「さあ、どうだろうな。万が一のために備えとくしかねえだろうよ。」


サンプトン村が...魔物暴走に遭っただって?


「あの!それって本当なんですか?!」

思わず聞いてしまった。


「ん?ああ、今俺の仲間が直接この目で見たって騒いでたから、本当だろうな。」


サンプトン村が襲われてる。

行かなければ。

助けなきゃ。

誰も死なせたくない。もうこれ以上。


「ユキ!少しの間ここで待ってて!すぐに戻ってくるから!」


そしてその場を後にして、僕は全速力でサンプトン村へ走った。

最短の道である世界樹ノ森へ入った時、昼とは違う異様な雰囲気が漂っていた。嘆きノ森と同じような危ない雰囲気が。

だがそれにびびっている場合じゃない。

僕は風魔法を自らに付与し、最速で森を駆け抜けた。

そして村へと辿り着いた。


だが、もう全てが遅かった。

転がる死体。

燃え盛る家。

そしてそれらになりふり構わず走り狂い去って行く魔物たち。


間に合わなかった。

燃える村をただ見ていることしか出来ない自分。


いや、まだ生きている人がいるかもしれない。

まずはこの火を消さなければ。


レイン


火が完全に消えるまでには時間がかかる。それまでに生存者を見つけなければ。

僕は村中を駆け回った。

だが生存者はどこにもいない。そこにあるのはもう空の器だけだった。

諦めかけていた時、女の子のかすれた声が静かに聞こえた。


ママ...。と。


確かに聞こえた。聞き間違いなんかじゃない。あの時僕に花をくれた女の子の声だ。

声のする家の中へ入ると、そこには女の子とそれを覆い守っている母親の姿があった。


「大丈夫ですか!すぐにここから出しますから!」


そう言い肩に手をやり引っ張るとやけに軽い。

母親の体を見るとお腹に大きな穴が空いていて、すでに亡骸だった。

すぐにその亡骸をどかして女の子の方を見る。

怪我はしていない、急いで家から引っ張り出す。


「君!大丈夫!?返事をして!」


どれだけ待っていても返事は帰ってこなかった。

それはそうだ。彼女はもう息をしていなかったのだから。

どこにも怪我をしていないのに死んでしまっている。

そして覆いかぶさっていた母親、燃える家。

きっと母親は女の子を守ろうとしたのだろう、自分がお腹に穴を空けられてもなお、身を挺して彼女に覆いかぶさり隠した。

だけれど非力な女の子には母親をどかす力なんて無く、女の子はそのまま二酸化炭素中毒で死んでしまった。僕に渡してくれた花を握りながら。


怖かっただろうに、苦しかっただろうに、悲しかっただろうに。

僕はなにも分かってあげられない。

君のこと、村の人たちの気持ちを。

ただこの胸にあるのは押しつぶされるほどの無力感のみだった。

降りしきる涙の中で、僕はただ無力を叫ぶことしか出来なかった。

無力を言い訳にして。



「やっと追いついた。」


ユキが僕の後ろにはいた。


「ユキ...?どうして...ここに...。」


「ずっと着いてくって言ったから。」


ユキは手を合わせて祈った。

「正しき場所に導かれますように。

間に合わなかったのはアレンのせいじゃないよ。誰でも間に合わなかった。」


「でも...もし僕がもっと早くにここへ着いていたら...この子は助けれてた!!」


「傲慢だね。もし、とか。いたら、とか。そんなのただの言い訳にしかならないよ。今、アレンに出来ることはなに?」


僕に出来ることなんて...。


「助けたかった...。ここの人達に...この子に苦しんで欲しくなかった...。もっと強くなりたい。全員を守れるように...誰も苦しませないように。」


今の僕に出来ること、すべきことは、自分の弱さを嘆くことではなく、己の強さを望むことだった。

ひとしきり泣いた後、ユキと一緒に晩が明けるまで村の人達のお墓を作った。

これはただの自己満かもしれないけど、せめて僕の中のあの子には苦しんで欲しくなかったから、笑っていて欲しかったから。

墓の上に名もない花を乗せ、僕たちはアドメイン国へ戻った。


強くなるよ、必ず。その誓いを胸に刻んだ。

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勇者?辞めときます。 にゃ @nyaa288

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