ネイドの絶望。



 結論から言うと、俺は決闘に勝利した。圧勝と言っても良いだろう。


 何せ、何故か五点を奪い合い戦いなのに5:1で勝利したからだ。


「ネイド?」


「…………負けだ。惨敗、と言って良いだろう」


 俺のイラストを眺めたまま憔悴したネイドは、よほど俺の絵が衝撃だったのか勝手に俺の絵に一票を投じた。だから5:1なのだ。


「いや、何も自分で負けを認めることは無いだろ? お前の絵も凄いじゃないか」


「慰めは、要らん」


 ただ、ネイドは俺のイラストを見てる。ただひたすら、俺のイラストだけを見て憔悴し、だが視線は絶対に外れないのだ。


「そ、そんなに気に入ったのか? この機械で同じのを何枚も出せるんだけど、一枚要る?」


「…………………………要る」


 要るらしい。


 俺はPNG保存したデータを追加で印刷してやり、台紙に貼ってネイドに渡す。


 絵を見るネイドは、気持ち悪いオタクのように「ポロたんぺろぺろ」的な湿度の高いものじゃなく、きらきらと希望に満ちた目の奥に絶望でドロドロになった炎が燻る感じのめちゃくちゃ複雑な感情が現れてた。


 言うなれば、推しが可愛くて無限に栄養補給出来るのに、心が愛の差に負けを認めてしまって絶望しちゃってる感じか。実際のところはどうか分からないけど、俺はそう感じた。


「はぁ、見事だ平民。カイト、だったか。本当に見事だよ」


「そりゃ、どうも……?」


「…………油絵と違って筆の質感が出せない画材にも関わらず、どうやって戦うのか疑問だったが、瑣末事さまつごとだったな。自由自在な空間で絵を描くとは、ここまでの事なのか」


 まぁ、冷静に考えてレイヤーの透過度とかイジれる時点でかなりのチートだとは思う。それこそ、筆の質感を出せないだなんてハンデにもならない程に。


 と言うか、本当に筆の質感を出したかったら騙し絵的な画法で出来なくもないしな。


「いや、だが使われた技法の巧みさなどは、それこそ瑣末事だ。この絵は技法だけでは語れない魅力が詰まりすぎている。…………それに、敗北を悟る他なかった」


 聞いても無いのに、敗北した理由を語り始めるネイド。本当に俺の絵が刺さったらしく、俺も褒められるのは気分が良いのでそのまま聞く。


「この寝転がる天使様の、幼さとは真逆に位置するだろう『色気』が存分に表現されたこの構図。そして服装や表情などの状況シュチュエーションが、完璧に描かれ切ってる事が何より悔しい。見慣れない型のシャツからチラリと見える足や、はだけた胸元から感じられる色気と、だらしなく緩んだ表情がなんとも言えない『色』に昇華されている。何より、これだけの色気を表現してる癖に、そこに含まれる天使様の感情に邪な『情欲』などは一切無く、ただ『信頼』だけが見えている」


 …………うん、まぁ、描いたモチーフとしてはをイメージしてるからなぁ。


「そう、信頼だ。この緩んだ表情も、はだけた服装も、きっと信頼するただ一人にだけ見せる聖域なのだろうと如実に分かる作品だ。きっと貴様だからこそ描ける作品であり、本来は他の誰もが垣間見る事すら許されない一幕ワンシーン。それを、絵と言う形で見ることが出来る幸福と背徳感。さらに、そうしなければこの姿を一目見ることすら叶わない事実に、心が耐えられないっ」


 耐えられないと言いつつも、しかしネイドはイラストから目をそらさない。


「天使様ご本人が一番愛らしいのは当たり前だ。しかし、しかしだ! 貴様の作品以外では絶対に見れないだろう天使様がここに、この絵の中に居る! 本人がすぐそこに居るのに! 私はこの絵から目を逸らせない! これを完全敗北と言わなかったら、何が敗北なのか!」


 確かに、ネイドが言う通りにイラストの中のポロを普段から見れるのは俺だけだろう。なんならテム婆さんやガム爺さんにだって見せた事も無いだろう。


 いつもの無表情気味の顔じゃなく、安心しきってにへらっと崩れた笑顔は俺だけのもの。


「へし折ってやる、だったか? …………あぁ、貴様は宣言通りの事をしたな。天使様との愛しき日々が詰まっただろうこの一枚に、勝てる気がしないっ」


 しまいに、ネイドはイラストを両手でしっかりと保持しながら泣いていた。悔しいのだろうか。惨めなのだろうか。どんな気持ちがその涙に詰まってるのか想像も出来ない。


 俺が考えるよりもずっと、ネイドは本気でポロに惚れてたらしい。一目惚れの癖に、とは思わない。人を好きになるって多分、大体そんなもんなんだろ。


「天使様、一つお聞きしたい」


「んぇっ、…………なに?」


 まさかこの流れで声をかけられるとは思わなかったんだろう。ポロは少しびっくりしながらもネイドに聞き返す。


「その男は、天使様がこのようなお顔を見せるに値する男ですか? 天使様は、その男のどこをそれほど好きになったのですか?」


「…………ん、中々難しい質問。だけど、答えるのは簡単」


 本人を前にしてなんてこと聞くんだコノヤロウと思いながらも、俺は口を挟まなかった。


 ポロはネイドに「ついてきて」と声をかけて席をたち、暫くすると戻ってきた。


「………………カイトよ。あらゆる意味で完敗だ」


「待て、お前ポロに何を聞いた?」


 あまりにもスッキリした顔で帰ってきたネイドにギョッとした。こいつ、ポロに何を吹き込まれて来た?


「ふっ、聞いたんじゃない。私はのだよ、カイト。…………いや、無撃必殺よ」


「ポロォォオオオオオオオオオオオッッ! ちょっとこっち来なさぁぁぁぁぁぁあいッッ!」


 マジで何を吹き込みやがった!? なんで俺の隠されし傷をこの男に教えるの!?


 いや、聞いたんじゃ無くて見たとか言った!? 動画でも撮ってたのか!? いやいや待て待て、あの頃はスマホのスの字もなかったよな!? 動画なんて残ってるはずがない!


「………………んふっ」


「んふっ、じゃない! ポロお前なんで俺の二つ名広めようとするの!? 俺嫌だって知ってるじゃん!?」


「違う。結果的にそうなっただけ。広めてる訳ちがう」


 とりあえず、俺はポロとのOHANASHIが必要だと思うんだ。決闘の賞品よりも重要だ。


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