二人のポロ。



 何故か嫁が「マシタ、マシタ……」と呪文を唱えているのが気になるが、制限時間を最大限使ってイラストを描きあげた。


 お隣でネイドも書き上がったらしく、作業用に着替えた服のあちこちを絵の具で汚したまま筆をコトっとテーブルに置いた。


「出来たか?」


「うむ。そっちはどうか」


「こっちも完成したぞ。…………ああいや、印刷しなきゃだわ。ちょっと待ってくれ」


 予め、俺が使う道具のことも説明はしてあったので問題無し。タブレットの中であればどんな色の絵の具も瞬時に配合され、筆の種類も自由自在の空間だとかなんとかそんな事を言って、最後は印刷機でタブレットの中から外に出すとかそんな感じの説明だ。


 ネイドは卑怯だとかズルいとかよりも前に、そんな道具が存在するのかと驚愕してめちゃくちゃ気にしてた。多分使ってみたかったんだろう。奴は結構絵を描くタイプの貴族らしい。


 貴族が自分で嗜む芸術と言えば専ら音楽か舞踏らしいのだけど、芸術くらい静かに楽しみたいからとネイドは絵画を選んだそうだ。普段は自分でダンジョンに潜ってるから、激しい運動も騒がしい音もダンジョンの中だけで充分なんだろう。


「では、採点と行こうか。三点以上で勝ちだな?」


「そう。審査員が五人だから引き分けは無い」


 絵を描くのは久しぶりだったけど、楽しく出来たし満足のいく作品になったと思う。こっちでは釣りに次ぐ釣りでイラストなんて一切手を付けて無かったし、絵を描く以外に利用法が特にないタブPCとか買っても仕方ないと思って控えてたけど、今回を機にまた少しずつ描いて見ようかと思う。


 さて、印刷が終わったので適当な台紙に貼って完成だ。B4サイズまで印刷出来るポータブル印刷機は、バ先のお使いで俺が買ってたのでラインナップに入ってた。大将しょくばの金で買ったのに、購入自体は俺がやったからスキルの判定内らしいんだ。ありがとう大将。


 ネイドの描いたポロはまだ見てないけど、俺が描いたポロは彼シャツ状態でベッドに寝転がってこっちを見てる構図の物。


 角度はベッドのヘッド方向から割りと接写で、ポロも仰向けのまま見上げる形になってるような感じ。前髪が落ちておでこが見えてるのがチャーミングだと思う。


「審査員、準備は良いか?」


「ふっ、天使様以外に本物の美を見たことも無いだろう貴様らに、このネイド・アロンスターチェが見せてやろう。地上に舞い降りた天使の愛を、な」


 ポロがピーちゃんの氷を配った冒険者達から発生したらしい氷の聖女親衛隊。更にその中から完全に無作為に選ばれた五人が、すぐ近くのテーブルで待機してる。


 その五人は途中経過も見れないように、ポロ側の方にずっと居る。描いてる途中まで見えてしまうと、審査に何かしらの影響が出るかもしれないのでそうなった。つまり五人とポロは、完成品だけを初めて見る形になる。


 野次馬は俺達の後ろでへーとかほーとか言いながら好き勝手見てたけど、完成が近付くと感嘆の声とかも上がってたので感触は悪くないはず。


「じゃぁ、同時に公開して五分ほど見てもらってから投票で良いか?」


「良いだろう。正直、渾身の出来だ。悪いが貴様と天使様の夫婦生活も今日で最後だぞ」


「はは、バカ言うなよ。俺とポロの絆が分かたれる時なんて永遠に来ない。例え死が俺達を引き裂こうとも、世界が終わろうとも、俺とポロは永遠に夫婦だよ」


「……………………通販サイト見てたら旦那様が急にデレた。辛い。顔熱い。ほっぺゆるゆる」


 この決闘に於いて実はそんなに重要じゃないポロがふにゃふにゃになった。モデルと言うより参考資料くらいの意味で視界に居てもらったが、決闘の内容がポロへの愛を表現するって物だから「本人見なきゃ描けないの?」って事で本人モデルは無しになったのだ。


 見なくても描けない程度で愛とか言うの? とか言われたら何も言えないから。だけどポロとまだ二回しか会って無いネイドには不利すぎるから、本人の参考資料的な意味合いでそこには居てもらった。


 まぁ俺の方はスマホから写真を好きなだけタブレットに転送して、それを適当なレイヤーにでも貼れば参考資料なんていくらでも出せたんだけども。


 この通り、フェアな試合と思いきやちゃんと俺の有利も担保したままだったりする。画材だって、ネイドは一発勝負な感じあったけどタブレットで描くなら修正だって好きなだけ出来るし。


「描けた?」


「ええ、描けましたよ天使様。ぜひ私の愛をご覧下さい」


「採点には関われないけど、ポロも楽しんでくれな」


「ん」


 なんだかんだ、ポロも自分を絵として描かれるという事で少しソワソワして楽しんでた。俺だって自分を描かれるとなったらソワソワするだろうから気持ちは分かる。


「では公開といこう。審査員共、刮目するが良い」


「ほい、ご開帳ってな」


 俺は台紙に貼り付けて机に伏せてたイラストを起こし、ネイドは作品を立て掛けてるイーゼルごとポロの方に回転させた。


「………………おっ、おぉぉぉぉぉ」


「いや、えっ、分からんけどなんか凄いぞ」


「めっちゃ良いじゃん。ちなみにその絵って売って貰えないのか?」


「あ、バッカお前抜け駆けすんなよズルいだろ」


「……天使と、天使か」


「あどけなくて、いいな…………」


 口々に感想を言う審査員を横に、俺もネイドの描いた作品を見た。


 どうやらモチーフはポロと天使で、構図は天使の羽が生えたポロが後光の元に降臨して微笑んでる感じの油絵だ。宗教画のようなイメージが強く、しかしポロの可愛さが油絵で良く表現出来てる。


 ゆっくりと羽ばたいて地上に降りてきた天使ポロエルの慈愛と息遣いが感じられそうな、正直「あ、ヤバいかこれ」と勝負の行方が不安になる程の出来だ。


 だがしかし、ネイドはネイドで俺と似たような事を俺のイラストに感じたのか、信じられない程に目を見開いて固まっていた。


 この勝負、俺とネイドのどちらが制すのか。正直なところ分からなくなってる。


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