スマホの秘密とマシタ。



 冒険者ギルドに併設された酒場の一部で、カイトと貴族男が作業をしてる。


 制限時間は二時間。その時間、ポロは二人の視界に入りつつも、好きに過ごしてる。モデルとしてポーズを取ることも無く、ただ視界の中でスマホをいじって遊んでる。


 カイトに買ってもらったイヤホンって道具を使うと、音が外に盛れなくて良い具合。


 たぶれっとぴーしー、という大きなスマホみたいな道具で絵を描くカイトと、イーゼルにキャンパスを立て掛けてしゃらしゃらと筆を滑らせる貴族男。その周りには、彼の事を聞き付けてやってきたパーティメンバーが居る。


 カイトの頭にはアオミが居て、ルリはギルドの中で女性冒険者に可愛がられてる。うちのルリはとびっきり可愛いから仕方ない。


 ピーちゃんはカイトの後ろで、カイトの描く絵を覗き見してる。ついでにエルンも覗いてる。


「ほ、ほぇ〜、すごいですぅ」


 その間、ポロが何をしてるかと言えば、スマホで動画を見てる。


 なんの動画か? それは


 恐らくはポロのスマホにだけ入ってる動画配信アプリ、『デューチューブ』。名前からして多分、デュープ様が関わってる。


 そもそも、ポロが例の自称聖女が映ってる動画を提出できたのはこのアプリがあったからだ。


 カイトは気付かなかったけど、ポロがカイトからスマホを貰ったのは聖女が消えた日の後だったから、撮影なんて出来るはずがない。


 にも関わらず、ばっちり証拠を貴族男に見せられたのはデューチューブの映像からそれを切り抜いて保存してただけの事。


 このアプリは、カイトの人生をほぼ無制限に視聴出来る動画アプリだ。


 アプリの説明によると、どうやらカイトが無意識でも「見られたくない」と思ってるシーンは無理らしい。だから正確には無制限ではないんだけど、カイトは無意識下でもポロに全部見せても良いと思ってるらしくて殆ど制限無くカイトの人生を覗き見出来てしまう。背徳感がしゅごい。


 最近は専ら、ずっとこのアプリでカイトの人生を覗いてる。カイトの両親はカイトに無関心で、カイトが何をしても愛情を返すことも無く愛人の元に走る。


 ハッキリ言って反吐が出る。今すぐ地球の日本に駆け付け、今この瞬間ものうのうと生きてるコイツらに水鉄砲を撃ち込んでラギアスを突撃させたい。


 段々と目から光を失うカイトは趣深くて可愛くてしゅきしゅきだけど、それはそれとして苦しめた存在を許せない。そんな心境だ。


 カイトが海に通い始めて、釣りを初めて、少しずつ笑顔が戻るのを見たらポロもニコニコしてしまう。ショタっ子のカイトが可愛くてヨダレ出る。


 あと、カイトの話でちょこちょこ出て来る『大将』さんも見た。めちゃくちゃ顔が怖いけどすっごく良い人だったし、職場の人もみんな良い人。


 ただ顔が怖い。すっっっっっっっっごく怖い。


 仮に顔の怖さで戦う世界があったとしたら、間違いなく世界最強だと思う。そのくらい凶悪な顔。逆にその顔で一人も殺してないって嘘だよねって言いたくなる程。


 本名は金田陸かねだ りくって言うらしい。デューチューブは日本語の自動翻訳と字幕、吹き替えも完備されてる神アプリなのでちゃんと読める。文字通りの神アプリだ。


 個人的に好きなシーンは、カイトが一人でクエって魚を釣って捌いた後に、なんやかんやあって地元の漁師と一緒にクエを食べてたやつ。


 クエって言うのはどうやら凄い高級で美味しい魚らしくて、カイトにクエを振る舞われた漁師さん達は全員ニッコニコでカイトにお返しの魚介をプレゼントして、結局全部その場で食べちゃってた。


 その時はまだ、カイトもバイトをしてなくて大将とも知り合ってない。と言うか、その時の漁師さんから紹介されたバイト先が大将さんのお店だったのだ。


「……………………ふふふっ」


 最近はずっと、このアプリでお気に入りのシーンを切り抜いてクリップ保存するのがマイブーム。本当なら『容量』っていうのがあって、保存出来るデータは有限だとカイトは言ってたけど、神器仕様であるスマホはどれだけ動画を保存しても大丈夫。


 デュープ様、本当にありがとう。地球にいた頃のカイトが可愛くて笑顔(当社比)になります。


 人によく無表情とか言われるけど、そんな事はない。ポロはちゃんと笑ったり怒ったりするし、カイトは分かってくれる。


 それにしても、地球って世界は本当にこっちと文明が違う。見る度にそう思う。


 スマホ一つとっても分かりきった事だけど、カイトが生きた生の映像を見ると尚更そう思う。


 まるでお城のように空を摩するビルやマンションは、まさしく天を摩する楼閣、摩天楼だ。


 そして、そんな偉大にすら思える建物がごく普通に立ち並ぶ街並みと、それを当たり前として過ごす人々。物とか知識の差とか、そんな事よりも街並みの違いが印象的だった。


 でも、どこもかしこも摩天楼が建ってるのかと思ったらそうでも無い。カイトの使ってる鮫丸鉄時ふかまるかねときを贈った人、つまりカイトのおじいちゃんが住んでる場所とかは建物が古くて低くて、こっちの世界とそこまで差があるようには見えなかった。


 それでも、家の中にある家具や家電とかは充分に凄いものなんだけど。あの電子レンジって物はポロも使ってみたい。冷めたご飯があっという間にポカポカだなんて、本当に凄い物だと思う。


 カイトに一度、電子レンジは手に入らないのか聞いてみた事がある。でもさすがに無理だと言われた。


 カイトの海神の七つ道具オーシャン・ギフトに内包されてるショップ機能は、カイトがあっちの世界で購入した経験のある物だけが対象であり、カイトは電子レンジを買った事が無かった。


 というのも、家具家電なんて親が自分で買う物だし、一つあれば壊れるまで他は必要無いのだから買う機会が無かったとか。


 一応、屋外で使う事を想定して持ち運べるようになってる電子レンジもあるらしいのだけど、やっぱり買う機会が無かったらしい。気軽に船へ積んで良い重量じゃ無いからだって。


 今なら気にしなくて良いのに、どうにかならないものか。スマホで地球の様子を見れるのだから、ショップ機能で向こうのものをもっと普通に買えても良いと思う。


 今度、デュープ様にお願いしてみようか。カイトみたいなショップスキルで地球の物が買いたいと。


 カイトのショップスキルは使わない経験値を物に変えられるから無駄が無い。ポロも自分の持ってる経験値を有効に使いたい。ステータスを上げていくと必要量が跳ね上がっていくし、どこかで「これ以上は要らない」ってラインが絶対にある。


 そうすると、それ以降の経験値が本当に無駄だ。必要量が億とか兆まで伸びたら、ステータスアップの為に頑張って貯めようだなんて思わない。


「…………ん。なにかデュープ様にお願いを聞いてもらえる、お土産を探さないと」


 手土産も無く神に何かを願うのは無理だと思う。流石にポロだってそのくらいは分かる。なんたって大人の淑女れでぃだから。


 カイトお宝動画の切り抜きを止めて、ポロはネットショップを開いてみる。このスマホでは開くだけなら出来るのだ。注文は出来ないけど。


 そしてカイトが言ってた持ち運び出来る電子レンジを探せば、十万円くらいで買えるバッテリー式の物があった。バッテリーとは、雷の力を閉じ込めてどこでも使えるようにした物だ。


 本来の電子レンジは家の中でコンセントって言う穴と接続して、雷の力を供給しないと動かないのだ。それを外でも動かす為にバッテリーが必要なんだろう。


 地球の人って本当に凄い。こんな道具、家の中だけでも使えるなら普通は満足しそうな物だけど。それをわざわざ外でも使えるようにしちゃうとか、どれだけ勤勉でどれだけ怠惰なのか。


 便利にする為なら勤勉。なんか矛盾してる気もするけど、それこそが人間らしくてちょっと面白い。


「…………ポロは、この青っぽいマシタって奴が良い。…………バッテリー規格が、同じ? 他の工具も動く……? どういうこと?」


 それからお絵描き決闘が終わるまで、ポロは何故かマシタの事を沢山調べて電動ドリルも欲しくなってた。なぜ? 別に使わないのに、何故か欲しくなってる。


 マシタ、お前はどんな魔法をポロに使ったの…………?


 ただ一つ言えること。それは、「マシタはいいぞ」って事だけ。


 マシタは、いいぞ。


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