困難なエビは釣らない。



 アオミが満足するまでエビを確保した俺たちは、改めてエビ料理を味わってた。


 エビフライには手作りした絶品のタルタルソースを添え、えび天はご飯に乗せて天つゆをかけてえび天丼。


 エビフライとえび天は「エビに衣を付けて揚げる」共通点から似たような料理だと思われる人も多いだろうが、実際に食べ比べてみると結構違うものだ。


 エビフライはパン粉をきつね色になるまでカラッと揚げるので、小麦から発せられる香ばしい香りがエビを彩って味が引き締まる。


 対してえび天は、同じく小麦由来の衣をカラッと揚げる料理ではあるが、実際は焼き色が付くまで揚げる訳じゃない。どちらかと言うと食材に食感を与える為に使われるのがメインであって、小麦の優しい風味は添える程度なのだ。


 もちろん作り手によって差異はあるだろうし、食感を追求したエビフライや香ばしさを追求したえび天だってあるかも知れない。ただ、どちらにせよこれが別の料理だと言うことに疑いは無い。


「ポロはどっち派? 俺エビフライ派なんだよね」


「………………だめ。カイトもえび天派になると良い」


「そっか、ポロはえび天派なのか」


 こうして、俺達夫婦の間には決して埋まる事の無い溝が発生してしまった。2ミクロンくらいの溝が。


 ポロはガシラの煮付けを泣くほど喜んだり、エビフライよりえび天を好んだり、どちらかと言うと日本人舌らしい。強烈な味わいよりも風味や旨味を楽しむタイプと言える。


 多分、たこ焼きと明石焼きを並べて置いたら明石焼きを選ぶのだろう。俺はたこ焼き派なんだけども。意外と俺らって趣味が別れるな。


 ちなみにエルンはエビカツサンドを美味しそうに頬張ってる。挟む内容とバンズを変えてエビカツフィレオも作ってやろうかな。


 俺は頭の上で小型化してからえび天とエビフライの食べ比べをしてるアオミをむにょんっと撫でつつ、湖の方を見る。


「ところでカイト、なんで釣りしなかった?」


「…………ん? エビのことか?」


「ん、そう」


「簡単な話だぞ。湖に居るのがエビかカニか、はたまた別の何かなのか分からなかったからだ」


 あの時点ではまだ分かってなかったので、精霊に任せてしまったのは当然だった。俺は釣りじゃないならって精霊を投入したが、別にエビやカニが釣りで取れない訳じゃない。


 ただ、エビ釣りとカニ釣りは仕掛けも道具も狙うポイントも作法も、何もかもが違うので対象を特定しないと釣りどころじゃない。


「じゃぁ、分かった後はなんで釣りしなかった?」


「それは単純に、このエビを釣る方法が分からなかったからだぞ」


 今回、この湖に居たテッポウエビくん。普通なら網漁で取れる魚介であり、釣りで捕まえる人は相当な少数派だろう。


 なおかつ、異世界でしかも迷宮に居たこいつはごっついザリガニみたいな体をしてる。こんな極悪なハサミなら、釣り糸なんて簡単に切断してしまうだろうと想像に難くない。


 六層でそうしたように、リーダーにワイヤーなどを使う手もあるにはあるが、テッポウエビが持つプラズマ兵器に耐えられるかどうか分からない。むしろ迷宮鱒はどうやってこんな怪物を餌にしてるんだ?


 本家の大きさですら護身用の武器として成立してたのに、手から溢れるようなサイズになったコイツだったらハサミから生み出されるプラズマ砲も相応の威力があるだろう。なにより、単純にハサミとして使ってもワイヤーを切断されそうだ。


「なるほど、たしかに」


「だろ? こんなハサミに対策するなら、大物用の神器を出した方が早いし、でもエビ釣りで神器? って言うとなんか微妙じゃね?」


「神様、気にしないと思うけど」


「俺が気にするんだよ」


 別に、かっこ悪いとかそんな理由じゃない。ただ糸が切れないって言うチートを普段使いしたくないのだ。竜だったらまだしも、迷宮の四層に居るエビだぞ? そんな相手にドラゴンキラーまで持ち出して釣りをするのか?


 釣りに於いてはラインを切ったり、鈎を外したりするのが相手側の勝利条件だ。それを切断不可能な神のラインを持ち出すとか、HP無限のチートを使って格ゲーするようなものだろう。そんなのはもう釣りじゃなくて狩猟だろう。


「エビ釣りも楽しいんだけどね。まぁそれは、こんな場所のヤバそうな個体じゃなくて普通の奴を見付けたら楽しむさ」


 人の指でもザックリ落とせそうなハサミを持ってるエビとか、普通の仕掛けで釣れるとは思えない。あれだったら六層に向かう途中で乱獲した牛を釣る方が簡単そうだ。餌になりそうな草に鈎を仕込んで、アオミやバハムート達に乗って空で待機してればその内釣れるんだし。


 タルタルのかかったエビフライを食べながら、俺はそんな事を考える。


 そう、今の俺ならスキルを駆使して陸の生き物だって釣れてしまう。実際に村で獣を一匹釣ってるし。


 ここまで来ると『釣りとは何か』みたいな線引きも曖昧になって、なんか良く分からないうちにモンスターと戦ったりさせられる気がする。もう少ししっかりと釣りの定義を心に定めた方が良いかな。


 陸の生物を釣るのも楽しそうっちゃ楽しそうなんだけど。陸棲生物は釣っても無限に暴れるから、鮫丸鉄時ふかまるかねときでしっかりトドメを刺すまでは普通に『モンスターとの戦闘』でしかないと思う。


 でもそれを言ったら、海竜釣りも似たようなもんだった。トドメを刺すまで海竜は海竜として暴れようとしていたのだから。


 うん、やっぱり定義付けが難しいな。


「さーて、この後どうしよっか?」


「どう、とは?」


「いやさ、エビの確保は終わっちゃったし、このままダンジョンから出るか、それともまだ少し居るのか」


 サクサクとエビフライを食べながら、今後の予定をポロと相談する。エルンは雇用してるだけなので、方針の相談には加わらない。決まったことに従う立場だからだ。


「んー、けっこう迷宮鱒使った。補充する?」


「それも良いかな。なんだかんだ超美味いから使っちゃうんだよな、迷宮鱒」


 あと鰻もか。足りなくなったらこのダンジョンまでまた遊びに来るだけなのだが、結構遠いからな。


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