似て非なる物。



 五層まで帰ってきた俺達は、そこの安全地帯でエルンに料理を教える事に。


 ちなみに安全地帯と言うが完全なセーフティエリアって意味じゃなく、一層や二層でもあった階段近くのテント村的な場所のことである。


 単純に、戦闘員が身を寄せ集めてる場所は他と比べて安全だと言う意味での『安全地帯』なのだ。


「よし、んじゃ今日は『カルパッチョ』と『マリネ』を作ろうか」


「かるぱ………、まりね? です?」


「カイト、それは、どのくらい美味しい?」


「3カイトくらいの旨さだ」


「カイト三人分の、美味しさッッ……!?」


 ポロを軽くいなしながら準備をする。五層の安全地帯キャンプ場の空いた場所にグランプを止めて、アウトリガーを使って車体を固定。


 その後、グランプの前にテーブルや焚き火台などのキャンプギアを設営していく。なんでグランプのキッチンでやらないのかと言えば、グランプはグランピングをするキャンピングカーって意味であり、グランピングとはグラマラス・キャンピングの事だからだ。


 グラマラスとは言えキャンプなのだ。いくら設備が充実していようと、天候に不備が無いなら料理の一つくらいは屋外で作ってこそのキャンプだろう。俺は別にキャンプのガチ勢って訳じゃないが、どうせやるならその手のポリシーは大事にして行きたい。


 さて、準備が終わったので食材の用意だ。


「エルンに教える訳だから、この都市で手に入る材料で作れなきゃ意味が無いよな。だから主材はこの迷宮鱒サーモンを使ったマリネとカルパッチョだ」


「カイト、質問」


 インベントリから箱を召喚してサーモンをデンっと取り出すと、そこでポロが手を挙げた。


「動画でたまに見る。けど、カルパッチョとマリネ、何が違う?」


「ポロ、良い質問だ」


 カルパッチョとマリネ。日本でも料理をあまり得手としない人間は混同しがちなこの二つだが、実は明確に違う料理だったりする。


 実際、この二つを混同してしまうのも仕方無い理由も分かる。なぜならマリネ液とカルパッチョ液はレシピがほぼ一緒なのだ。


 どっちの料理もオリーブオイルにレモン果汁(もしくは酢)、塩コショウと砂糖。この四つを混ぜた物がベースとなる。その作り方は独自のアレンジや分量に違いがあったとしても原型となる四つの材料は一致してる。


 そして使う主材もやっぱり、どちらもサーモンとタマネギを使った物が一有名だろうか。本当は牛肉使った物がメジャーだったりするけど今は割愛する。


 同じ材料を同じ調味液で似たような料理にするなら、やっぱりそれは混同されても仕方無い。


 だが知っておいて欲しいのは、マリネとカルパッチョはあそこまで似てる料理なのに、生まれた国が違うのだ。


 マリネはフランス生まれ。カルパッチョはイタリア生まれ。この二つは双子かってくらい似てるが、実は国籍さえ違う赤の他人。


 なんて事をつらつらとポロに語るが、地球の存在がよく分からないエルンはずっと首を傾げてる。


「まぁ、作り方が似てるから一緒に作ると楽だよって事だけ覚えてくれ」


「わ、分かりましたですぅ!」


「じゃぁまずは、調味液から作るぞ。どっちも同じの使うから、ここで二つの料理に使える分だけ作っちまう」


 と言ってもやる事は大してない。分量通りにオリーブオイルとレモン果汁、砂糖に塩胡椒を入れて良く混ぜる。人によってはここで別のスパイスを加えたりしてアレンジするのだろうが、俺は何もしない。


 俺は自分を「そこそこ料理が出来る男子」だと自認してるが、しかし「料理の上手い男子」だとは思ってない。俺の料理は全部、大将から教わった物の受け売りだ。このカルパッチョとマリネもそう。


 だから余計な事はしない。教わった通りにやるだけだ。アレンジとかは大将に教わったとか殆ど関係ない塩焼きとか網焼きとか、そう言う時にやれば良い。


 ああ、あとはカレーもかな。流石にカレーは大将に教わったというより我流というか、ネットで調べて色々試しただけだからな。カレーって二百種類あんねん発言も記憶に新しいが、二百種とは行かなくてもそこそこの種類作れたりする。


「さて、調味液はこんなもんかな」


 まず粉系の材料を全部混ぜて、そこにレモン果汁をぶち込んで良く混ぜる。オリーブオイルは基本的に後入れしないと、油のせいで塩や砂糖が溶けない。


 良く混ざったらそこにオリーブオイルを入れてさらに混ぜる。基本的に水と油はすぐ分離するので、泡立て器などを使って力技の乳化を目指す。


 と言うか、本当は魚とかの処理が終わってから調味液を準備するのが一番良いぞ。せっかく混ぜたのに魚の処理してる間にまた分離とかしたらつまらんし。


「んじゃ、マリネから行くぞ」


 迷宮鱒を軽く捌いてサクを取り出したら、さっさと調理に移る。


「材料はシンプルにサーモンの切り身とタマネギだ。タマネギを細かくくし切りにして、半分は水に晒して半分はボウルに入れる。水に晒した方はカルパッチョで使うから」


 そして刺身サイズに切ったサーモンもボウルに入れて、そこに調味液を入れて良く混ぜる。


「はい完成。サーモンのマリネだ」


「「……えっ!?」」


 正確に言うと、このまま冷蔵庫で放置して漬け込んだら完成だ。そのまま食べても美味しいんだけどな。


「冷蔵庫なんて無いから、ここはピーちゃん先輩のお力に頼るとして」


「ピー!」


 三人で一緒に料理してるので、作った物の三分の一はポロのお手製だ。そうなればピーちゃんも文句一つ言わずに協力してくれる。相変わらずチョロい鳥だぜ。


 ピーちゃんが作ってくれた小さいカマクラの中に和えてラップしたマリネのボウルを封印したら、次にカルパッチョ作りを始める。


「さっき水に晒したタマネギを水から出して、よく水気を切る。この工程はタマネギの辛味を取るために必要なんだ」


 そうしたらタマネギに調味液を入れて、良く混ぜて和える。


「このまましばらく放置。その間にカルパッチョ用の刺身を切って盛り付ける」


 丸い皿にフグの刺身みたいにサーモンを盛り付けたら、漬けて置いたタマネギを刺身の上にもっさりと乗せ、タマネギを出したボウルの中に余った調味液をサーモンの身にサーっと掛ける。


「本当なら、もう少し時間使いたいんだけどな」


 カルパッチョも完成したので、マリネも取り出して皿に盛り付ける。最後はどっちの皿にもバジルを振れば終わりだ。バジルじゃなくてディルでも良い。


「ほい、カルパッチョとマリネの関係だ」


 マリネとカルパッチョ。その明確な違いは「調味液に漬け込む」か「ソースを後がけするか」の違いになる。


 マリネは漬け込み、カルパッチョは後がけなのだ。もっと言うと本場のカルパッチョはサーモンじゃなくて牛ヒレ肉のスライスにチーズソースを使うみたいだけどな。


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