月無き夜に。



 サーモンを釣りでも食事でも楽しんだ日の夜。ダンジョンの中でも昼夜の概念が適用されてて良かった。


 グランプの前にテーブルと椅子を設置し、コンロでお湯を沸かして飲み物を入れながら夜空を見上げる。そこに月は無いけど、落ち着いた時間である。


「たまには、こう言うのも良い」


「ちょっと忙しなかったもんな、今日まで」


 語り合う俺とポロ。焚き火の明かりに照らされたお嫁さんはスマホで動画を視聴してる。


 こんなまさにキャンプって時間に何をしてるかと言えば、当然釣りだ。当たり前だよなぁ?


 目の前には地面にぶっ刺して使う置き竿用のロッドスタンドがあり、俺とポロで二本ずつの鱒ライダーをセットしてある。


 湖には簡単なぶっ込み仕掛けを投げてあり、あとは待つだけの時間だ。


 狙いはウナギ。奴らは夜行性なので、釣りたいなら夜が良いのだ。穴釣りとかをするなら昼でも良いけど。


 時間と場所さえ合ってるならめちゃくちゃ簡単な仕掛けと餌、そして安物の装備でも普通に釣れるので意外と初心者向けだったりするウナギ釣り。


 まぁ深夜に水辺の近くで活動する危険を思えば本当に初心者向けなのかと疑問を感じるが、それを言ったら川や海の水辺でしか出来ない釣りがそもそも危険である。ライフジャケットは必ず付けろ。川釣りでもだ。


「鈴、鳴らない」


「鳴らんなぁ。居ないのかな?」


「居るって聞いた。エルンは優秀」


「そだなぁ」


 まったりとコーヒーを飲みながら釣果を待つ。ロッドには置き竿に使うクリップ式の鈴が先端に付いてて、魚が掛かったすぐ分かるのだ。


 ──チリンチリン……!


「お、来たな」


「ッ! ポロの!」


 ポロの方の鈴がなる。スマホをテーブルに投げ出して駆け寄るポロだが、それ投げなくても神器だからスキルで仕舞えたよ?


 キュリキュリとリールを巻い先、しっかりと釣れたウナギが姿を現す。1メートル近い大物だ。何でもデカイよな異世界は。


「カイト、釣れた! 先に釣った、ご褒美ある?」


「何が欲しい?」


「ちゅーしてほしい」


 魚を持ったままこっちに来るポロに、椅子から立って膝立ちしてキスをした。へにゃへにゃになったポロは水を入れてエアポンプを仕込んだコンテナの中にウナギを入れた。


「良く一発で合わせたな?」


「…………? なんか釣れてた」


 ぶっ込み釣りは合わせがちょっと難しいのだが、よく分からないけど掛かってたと言う事もままある。それも含めて釣りである。


「カイト、エルンはこれ食べないって言ってた」


「美味しいのになぁ」


「どうやって食べる?」


 ウナギは捌くのが難しく、素人は釣ってきたウナギを中々美味しくは調理出来ない。


 だが安心して欲しい。バイト先の大将に仕込まれた俺は、ちゃんとウナギを捌けるし蒲焼きも完璧だ。ただタレは市販のものを使うしか無いのでそこだけがちょっと不満。


 大将の店にある秘伝のタレだったら死ぬほど美味い蒲焼きが作れるのになぁ。


「水が綺麗だから大丈夫だとは思うけど、念の為に明日まで泥抜きしてから食べようか。明日の夜には飛びっきりのうな重食わせてやるよ」


「たのしみっ」


「今度は焼いてるから大丈夫だとは思うが、そもそも食べないって魚だけどエルンは大丈夫かね?」


「二連続で不安なの、可哀想」


 まぁ嫌なら別の物作ってやるし、食べると言うなら出してやるさ。今は俺が雇い主だしな。


 この世界ではダンジョンでしかウナギが取れないらしいので、是非とも乱獲したい所存だ。コンテナに詰めて限界までスタックしたい。


 日本でウナギ料理と言えば蒲焼きだが、実は様々な料理に使えるポテンシャルがある。唐揚げにしても美味しいし、煮込みも行ける。かなり万能選手な魚なのだ。味わい尽くすなら量が要る。


「スライスしたミョウガと卵にとじても美味しいし、卵焼きの中に入れても旨い。赤ワインで煮込んでマトロット、ハーブとほうれん草を白ワインで煮込んでアンギーユ・オー・ヴェールも良いな。食べた事無いけど」


 世界にも意外とウナギを使った料理は多いのだ。ウナギの稚魚を大量にぶち込んだアヒージョとかもある。ウナギと言えば日本、って言うのは間違いだ。美味さによって絶滅しかけてる魚のポテンシャルは伊達じゃない。


「まぁでも、まずは蒲焼きだよな」


 ウナギは殺さずに生きたまま捌きたいので、生簀で泥抜きしながらそのままだ。


「カイト」


「どした?」


「…………出会えて、良かった」


 こう、たまにドストレートに心臓ぶん殴って来るの止めてくれない? 今すぐベッドに放り込みたくなる。


「誘ってる?」


「…………ふふっ、釣りしてる時は、意味無いくせに」


 良くご存知で。


 ふと、俺のロッドも鈴が鳴ったので回収する。途中でロッドから重さが消えたので、鈎が外れバレた事を悟る。ちくしょう。


「ふふ、ポロの勝ち」


「はいはい負けた負けた。商品は何をご所望で?」


「んー、愛情?」


「毎日山盛り贈ってるつもりだけど」


「足りない。もっと……♪︎」


 月も無いのに明るい夜は、幼い見た目なのに淫靡に笑う奥さんの顔を妖しく照らしてた。こりゃマズイね。欲望が股間にズドンとくる。


 俺の釣り欲は何物にも負けないけど、ある程度の数を釣って満足したら爆発するなコレは。


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