ダンジョンサーモン。



 そして刺身の用意が終わり、ご飯も炊けた。


 この時、ご飯はほんの少し冷ます方が良い。あくまで好みの問題であり、俺はそうした方が良いと思ってるだけだが。


 海鮮系を熱々のご飯にオンザライスをする時、ご飯の熱を貰った刺身がほんの少し劣化して生臭さが出るのだ。


 ご飯を少し冷ました程度じゃ焼け石に水だが、そこに刻み海苔でワンクッション置いたり、ワサビ醤油を掛けたりして追加の処理をする事で臭みは完璧に気にならないレベルになる。


 あくまで俺の感想である。


「「いただきます!」」


「い、いただきま…………」


 さて実食。エルンもドン引きしつつ食べる事にしたらしい。ただ無理そうなら止めて、手持ちの干し肉でも齧ると言う。


 その時は余ったやつを俺とポロで分け合う予定だ。


「はぐっ、…………っ!? んん〜〜!?」


 俺よりも先に食い付いたポロが唸ってる。その唸り方はあれだな、美味くて唸ってる訳じゃないな? 掛けたワサビ醤油の中で溶けきって無かったワサビの塊でも引いたか。


 最高の瞬間である一口目をワサビに邪魔されるなんて、不幸なお嫁さんだ。


 自分も後を追って一口食べる。まずは米を掴まず、わさび醤油によって体を汚された乙女さしみだけを摘み、口に運ぶ。


 とろり。


 口にした瞬間、まず感じたのはそれだった。そう、とろりとしてる。


 その身が脂と肉の繊維で編まれた布のようで、そして舌の温度で脂が溶けて身が崩れる。その結果がとろりとした食感として脳に刻まれる。


 ワサビ醤油の風味と塩気、鼻に抜ける絡みが肉の旨味を伴った脂の甘みと溶け合う。ああ美味い。これこそが旨さ。


「………………んめぇぇえっ、魔物じゃ無いくせに、初めて食べた赤バスくらいうめぇぞコレっ」


「かいとぉ、はにゃぁ、からいぃぃ……」


 涙目で俺を見るポロが無限に可愛いが、頼むから今は勘弁してくれ。美味さと可愛さで頭がおかしくなるだろうが。


「ほらポロ、そういう時は追加で醤油をかけろ。ワサビの塊を流してしまえ」


「……ぅん」


 えぐえぐしながら塊を除去するポロを見やり、今度は米とサーモンを同時に食す。


 今度はご飯の食感と塩気、旨みを吸って肥大化する米の特性が存分に発揮され、口の中がワッショイしてる。そこに刻み海苔の豊かな風味も加わって、全てが美味しさと言う一つのアンサーに向けて走り出す。


 咀嚼して、飲み込む。柔らかく包み込むような歯触り、舌触りに喉越し、何かもが『美味しい』に全力だ。素晴らしいチームワーク過ぎて付け入る隙が無い。


「っぁあぁあぁあ……」


 飲み込んだあと、風呂に入った時のような幸福感に変な声が出る。


「っぱサーモンだわ。青物や光り物の刺身は好きだけど、マグロとサーモンはやっぱ強いわぁ」


 子供舌だと笑いたくば笑え。マグロとサーモンなんて『子供が好きなお魚』の二大巨頭だが、ストレートに美味いからこそ子供に人気なのだ。


 そう、ストレートに美味い。複雑な味わいを理解して初めて美味いと思えるような食材では無く、どシンプルに旨味で脳髄をぶん殴ってくる食べ物こそが子供の喜ぶ食べ物だ。


 ハンバーグ然り、唐揚げ然り、カレーライス然り、つまりはそういう事。


 マグロとサーモンは魚界のハンバーグや唐揚げポジに居るスター選手なのだ。


「…………どうだエルン、食べれそうか? 無理なら言えよ。干し肉なんて齧りくても、ムニエルくらいは使ってやるから」


 丼を半分くらい食べたあと、エルンを見てみると微妙な顔をしてた。


 不味いのかと思ったけど、そう言う事じゃないらしい。


「いえ、あの、美味しいです。美味しいです、けど…………」


「美味しいけど頭が拒否してる?」


「………………はいです」


 今まで生食はダメ! って生きてきて、突然刺身を食べて美味しい! とはならない。それはアニメの世界で分かりやすくしてるだけだ。


 実際に美味しいのに体が拒否ってしまうなんてザラにある。それは仕方ない事だ。むしろ食べても吐いたりしない分、エルンは頑張ってると言える。


「慣れたら普通に美味しく食べれるだろうよ。醤油の風味もそれを助けるだろうし」


 醤油も発酵食品ではあるので人を選ぶが、魚の生食を超えるインパクトにはならない。お互いのダメな所を打ち消しあったら化学反応的に良い感じになるかもだし。


「とりあえず、食べれるです」


「そいつは良かった。今度は自分で釣ってみるか? 自分で釣った魚を自分で、その場で食べるって良いもんだぞ。普段の三倍は美味く感じる」


「……三倍、足りる? ポロ、いつも十倍は美味しく感じる」


「嘘つくなや。ポロお前、俺に出会う前は魚食ったこと無いんだから買った魚の味を殆ど知らんだろ」


「まぁ、半分うそ。でも、エントリーで買ったアロとか」


「あれは逆にまだ釣ってないから、結局比べられないだろ。…………エントリー帰ったら、アロ釣りするか?」


「うんっ」


 適当な事を言うポロと笑いながら、次の予定が決まる。ダンジョンで遊び尽くしたら、エントリーに帰ってアロ釣りだな。


 沖の方はモンスターのテリトリーだから、港の近くで小さいワームでアジ釣アジングしよう。似た魚だから同じようにすれば釣れるだろ。


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